第20話 男友達
次の日、お昼の営業が終わって少しばかりの休憩時間に田中さんが現れました。
年齢はお父さんとそんなに変わらないくらい?
お父さんと比べれば白髪だったり、少しハゲていたり身長は低い。
挨拶をした後にお線香をあげる為、仏壇に。
田中さんは少しだけ動かずに、じっと座って手を合わせていました。
そして数分して立ち上がり、愛さん達の元へ。
「 知らずに来るのが大変遅くなりました。
私は田中与一と申します。
蕎麦の麺を作る為に、一から農園から育てて麺にするまでの仕事をしています。 」
田中さんが自己紹介すると愛さんは直ぐに、気になっていた事を聞きました。
「 わざわざ遠くからありがとうございます。
お父さんとはどんなご関係だったんですか? 」
すると田中さんは涙目になりながら、少しお父さんを思い出しつつ口を開きました。
「 大親友です。 まだ知り合って間もないんですけどね。
仙台に出張していた時に、偶然に黒木さんにお会いしましてね。 」
お父さんと田中さんは偶然出会い、友達になったのでした。
少し前の事…… 。
田中さんは仕事の関係で、仙台に来ていて夜遅くなりご飯を食べれる場所を探していました。
田中さんは居酒屋に入り、ご飯を食べる事に。
お通しとお酒が直ぐに運ばれて来ました。
( ん? 何だこのお通しは!?
枝豆はこれだけ?
しかもお酒は泡が多すぎるし、ジョッキは生暖かい…… 。
どんな店なんだ!? )
お酒を扱う店なのである程度繁盛していましたが、従業員の管理も悪くて接客も最低。
出てくる料理はレトルトや適当に作り置きしていた物を、温めて出しているだけでした。
食にうるさい田中さんはイライラしていました。
「 本当…… 参っちゃいますよね! 」
田中さんはびっくりしました。
隣に居る男性が自分に話をかけてきました。
隣の男性もここの料理に満足いっていない様子。
「 そうですよね…… 。
私は食に携わる仕事をしているので、こう言うのは少し許せませんね。 」
田中さんがそう言うと、隣の男性は目をキラキラしながら。
「 そうなんですかい?
俺も小さいですけど定食屋をやっていまして。
俺は黒木武蔵って言います。
お見知りおきを! 」
田中は軽く鼻で笑っていました。
定食屋をバカにしている訳ではありません。
自分に媚びて来ていると感じたのです。
田中さんは有名な蕎麦の麺を作るので有名。
偶然を装い自分のプレゼンをする。
良くある光景だったので、軽く笑ってしまったのでした。
「 それはそれは。
凄い事ではないですか。 」
適当に流してこの店を出よう。
そう思いながら酒を飲んでいると。
「 良かったらこのもつ煮、食べてみません?
こんな店のつまみより何倍もうまいですよ。
冷めてるのでそこはあれなんですけどね。 」
なんと!? 隣の男はあろう事か、自分の料理まで出してきました。
田中さんはイライラしました。
早く適当に食べて出よう。
そう思いました。
「 本当ですか…… なら少しだけ…… 。 」
そう思いながら一口…… 。 ぱくっ!
………… 田中さんの時間が一瞬止まりました。
衝撃が身体中を駆け巡りました。
美味すぎたのです。
「 お…… おいしい…… 。 」
そう言いながらもう一口。
噛めば噛むほどに味が出てくる出てくる。
もつの臭みを完全に消し去り、もつの良さと煮込み続けて味が染み込んでいて、最高のハーモニーを奏でていました。
まさに完全調和!
「 美味しいでしょ?
ウチは小さな定食屋ですけど、味にだけは自信があります。
最近は売り上げはいまいちなんですけどね。 」
そう言いお父さんは笑っていました。
自分の料理を美味しいと言われて、嬉しくない人なんて何処にも居ません!
田中さんは我に返ると、タッパーに入ったもつ煮は無くなっていました。
「 えっ!? こんなに食べるなんて。
本当に失礼しました。 」
田中さんは恥ずかしくなりながら謝りました。
「 いいえ。 美味しそうに食べてもらえて嬉しかったですよ。
料理はやっぱり美味しくなくちゃですね! 」
そう言い笑っていました。
田中さんはお父さんがわざと話をかけて来た訳では無いことが良く分かりました。
そして腕前も。
「 黒木さんの料理凄いです…… 。
仕事柄色々食べますが、こんな物を食べたのは初めてですよ。 」
興奮しながら話していると、お父さんも笑って喜びました。
「 俺はね、高級な物とかの料理は全然分かんないんですよ。
でも美味しいって言ってもらえる物を作るのだけは、誰にも負けないつもりです。 」
そう言いながら笑っていました。
田中さんは唖然としてしまう。
こんなにも純粋に料理を作る人を、田中さんは知りませんでした。
「 黒木さん。 蕎麦ってメニューにあります? 」
田中さんはお父さんに尋ねました。
「 蕎麦ですか? やりたいんですけど、美味しい麺を作る時間がないので。
それにスープも作った事なくて…… 。 」
そう言うと田中さんはゆっくりと口を開きました。
「 私は蕎麦の麺を作るのだけは、誰にも負けないつもりで作っています。
黒木さん。 あなたに私の蕎麦を使ったメニューを扱ってもらいたいんです。 」
田中さんは何を思ったのか、お父さんの料理に一目惚れしてしまい、最高級の麺をお店に提供したくなりました。
この人がもし蕎麦を作ったら…… 。
そう考えるだけでよだれが出そうになりました。
お父さんは考えていました。
「 田中さん…… 良いお誘いありがとうございます。
ウチのお店はそこまで繁盛してる訳ではないので、田中さんの蕎麦を仕入れたらどれだけのコストがかかるか…… 。 」
やりたい気持ちはありましたが、簡単にYESとは言えませんでした。
「 なら尚更ですよ。
私達が協力すれば売れない訳ありません!
今、麺があるので少し食べてみてください。
そうすれば考えが変わると思います。 」
そう言い蕎麦を取り出しました。
もう既に茹で上がって時間が経った麺。
当然美味しい訳がありません。
お父さんは一口食べました。
「 こっ…… これは!? 」
その麺は少し食べただけで、口から鼻へ駆け抜ける風味。
麺だけで美味しいのが良く分かりました。
もし茹でたてなら? と考えてしまいました。
「 どうですか?
一緒に作りませんか?
最高の蕎麦を。 」
お父さんは田中さんの手を熱く握りました。
そして二人はその日、少しの時間でしたが最高のパートナーであり、親友になりました。
田中さんはいつでも麺を送る準備が出来ているので、お父さんがスープを完成したら試食する事になっていました。
期間は無く、どれだけかかっても良いので、最高のスープを作る事を約束しました。
そこから少し月日が流れ、今に至りました。
「 お父さんとそんな事が…… 。 」
愛さんはびっくりしていました。
田中さんは急に立ち上がり、厨房が見たいと言って厨房へ行きました。
田中さんはその厨房を初めて見て、お父さんさんがどれだけ愛情を込めて働いていたか。
ここでどれだけの美味しい料理が出ていたか?
そう思うと涙が溢れてしまいました。
「 田中さん…… これ。
主人の作っていたもつ煮です。
どうぞ。 召し上がって下さい。 」
お母さんがそう言い出来立てのもつ煮を出しました。
田中さんは席に座り、一口食べました。
「 うっ…… うっ…… 。
こ…… これだ。 これだ…… 。
黒木さんのもつ煮だ。 美味しい…… 美味しい。 」
田中さんは泣きながら食べていました。
どんなに亡くなっていても、受け継がれる物がありました。
その料理にはお父さんの、料理の愛情と真心が沢山詰まっていました。
お父さんは料理の中で生き続けていたのでした。
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