第7話 リアトリスは水浴び場で後悔している
ルチアーク家の水浴び場は私が改築した特注品だ。
土・水・風の3種類の魔法を駆使し、流した水を浄化した後、再利用することができる半永久機関となっている。
更には火属性の魔法が使える者はバルブが反応してお湯も自由に出すことができて重宝している。
私は産声を上げたときと同じ格好で水浴び場のバルブを回すと、暖かい雨が自分の身に優しく降り注ぐ。
「ほわぁ……」
急にリラックスしてだらしない声を出すと、苦労の多かった今日という1日を思い出す。
邪龍を討伐したこと、前世の記憶を思い出したこと、そして──。
「……ティムには悪いことしたな」
義弟であるティムと喧嘩したことだ。
言葉と同時に溜息混じりに水浴び場の壁に手をつけると、連鎖的に先程までのティムとのやりとりを思い出した。
「ゴブリンを倒した後。私は新たな魔法を覚えました。闇魔法の1つである対象の防御力を下げる魔法です。私は生還による喜びよりも、確かな成長に胸を躍らせていました」
死への直面。それに伴う圧倒的な集中力と成長の早熟。どれも初めての体験であり、普通に生きていたならできない経験だっただろう。
「本当に強くなっている……もっと強くなりたい」
加えて新たな魔法の習得は更に拍車をかけていた。また、早く家族に認められたい中でこの成長は確かな手応えだったことは言うまでもない。
脳内麻薬の如き刺激に併せて家族への承認欲求により、私の判断はどんどんおかしな方向へと進んでいく。
「今考えると恐ろしいですが、幸い大きな怪我はなく。私は狩猟を続けることにしました」
稚拙な言い方になるが、あんなにも怖い思いをしたのに私は懲りず森の奥への進むことを決めた。
「狩猟を始めてから数時間、レベルの上昇と魔法のおかげで魔物を苦もなく討伐していました」
急成長を遂げた私の身体はゴブリンの攻撃を多少受けても問題にはならなかった。加えて幻影を見せる魔法に併せて防御力を下げる魔法は低級の魔物には十分すぎる力であり、特に苦戦することなく討伐を可能にしていた。
ゴブリンに加えウルフに遭遇、討伐もしたがさほど変わらなかった。
「違和感を感じたのは、1度に6匹のゴブリンを討伐し終わった時です。いつの間にか苦戦したゴブリンの倍の数を狩猟することが出来たのです」
「レベルが上がったということだろ?」
ティムの意見に私は首を横に振る。
「確かに、多少は強くなっていたのかもしれません。しかし、その強さが成長の妨げになっていました」
「……は?」
ティムはポカンとして私の支離滅裂な言葉を受け止めきれなかったようだ。
「戦いの中で安心していたのです。この程度の敵なら余程のことがない限りやられることはない。死ぬことはない」
前世ではこの世界はあくまでゲームの世界であり、魔物を倒せば倒す程レベルは上がっていった。
だが、今いるこの世界はゲームの世界などではない。魔物をただ倒すだけでは強くなれない。魔物を倒した過程に何を感じ何を思ったかで成長していく。
毎日低級の魔物だけを狩って生計を立てている冒険者がいつまで経っても中級・上級の魔物を倒せないのはそれが原因だ。
「このままでは先程のような飛躍的な成長は出来ないと感じた私は3つの行動をしました。1つ目は魔法の禁止。イージーウィンを防ぐためです。2つ目は攻撃力の低下。騎士団で配布されたナイフからゴブリンが持っていたぼろぼろのナイフに変えることで、数回斬りつけたくらいでは倒すことはできなくなりました」
そして、次の行動こそが私の無茶苦茶やっていた頃の訓練方法になる。
「最後に。防御力の低下です。残りの魔力を全て使って防御力低下の魔法を私自身にかけました。ゴブリンの攻撃に掠っただけでも生死に関わる程の状態まで肉体を脆弱にしました」
「なっ!? 聞いたことがないぞ、弱体化魔法を自身にかけるなんて」
彼の言い分はもっともだ。弱体化魔法は相手に使うことで真価を発揮する。自分に使うなんてデメリットでしかない。
「しかし、私の考えはすぐに正しかったと分かります。1匹のウルフにすら死神の声が聞こえたのです。当然、例の集中力と成長の飛躍も感じました」
極限と言っていい環境に身を置くことで、極端に成長することができたゴブリン戦の再現に成功したのだ。
しかも、今度は偶然の産物ではなく、自らの意思で踏み入った。
「……馬鹿げてる」
彼の言葉を聞いて、私は勝ちを確信した。これで私の言いたいことをティムに理解してもらえると思ったのだ。
「その感覚が正しいですよ。こんなこと、常人がやろうなんて考えもしないでしょう」
これで本来の目的であった私にはなれないことを教える準備が整った。
こんな無茶な訓練をやろうと思う方がおかしい。聡いティムなら分かってくれると信じていた。
最後に、ティムと私の違いを教えようと口を開けるが、私が話すより先に、ティムが再度確認するように訊ねてくる。
「……でもそれで、義姉さんは強さを手に入れたんだよな?」
「え? ええ」
「……そうか」
肯定した私を見てティムは何も言わずに上を見上げた後、私の方を向いて身体を広げた。
「それなら、俺にも弱体化魔法をかけてくれないか?」
「……はい?」
耳を疑った。
「死神だとか集中力だとか、正直、義姉さんの言ってることは俺には分からない。だから俺も義姉さんの境地に辿り着きたい。俺だってやれる!頼む!」
「ちょっ! ちょっと待ってください! 何でそうなるんですか!?」
ティムの予想を斜めいく発言に思わず声を荒げてしまう。
「私は絶対にそんなことしませんよ!」
当然、身内を死地に放り込むような真似をするなんて私には出来ない。
「じゃあなんで訓練方法を教えてくれたんだ?」
「それは……」
「まさか……最初から俺には無理だと諦めさせるために……」
ティムの言葉を聞いて途端に青ざめた。
想像し得る中で最悪の捉え方を彼にさせてしまった。
「ち、違います! ティムにはこの訓練が絶対に出来ないと教えることで、私とティムの違いを伝えようと……」
言葉にした瞬間、迂闊な自分を悔いた。
確かに私はティムにはこの訓練が出来ないと確信している。
だが、それはティムには覚悟や実力が足りないからと貶める為ではなく、もっと別の要因によるものだ。
しかし、今の言葉で誰がその本質を理解してくれるだろう。
少なくとも、ティムは私の真意を汲み取ってはくれなかった。
「どこが違うんだ……もういい!」
そうして、ティムは訓練場と水浴び場とは反対側の道へ走っていった。
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