第5話 リアトリスは義弟に教えている

 ティムの腕からゆっくり降りると、私はスカートを叩くように整える。


「返事がないから心配したぞ。それで、話って何だ?」


「えーと」


 話があると言ったが具体的に何を話そうか考えていなかった。

 いきなり「私を目標にするな」なんて言っても荒唐無稽もいいところだろう。

 何かいい案はないか。いつもの癖で髪に手が伸びる。


「今考えるのか?」


「うっ」


 どうやら私が髪を整えるときは考え事をしているときとティムは認識しているようだ。大体あっているが、見透かされるとなんだか恥ずかしい。


「なら水浴びの後でも大丈夫だぞ。どうせ俺は近くで訓練をしているんだろうからな」


「訓練……訓練……あっ」


 ティムの言葉に閃きを得る。彼は私が目標と言った。ならまずは、私にはどうやってもなれないことを教えよう。


「ティム。私がどんな訓練を経て強さを手に入れたのか聞きたくありませんか?」


 稽古を付けることはできないのに訓練の内容を話すのはグレーゾーンな気もするが、自ら手解きをする訳ではないし、国の定めた騎士団の訓練方法でもない。

 だから訓練を教えても大丈夫だろうと頭の中で言い訳を連ねる。

 そもそも、今から教えるのは私がの訓練方法だ。参考にはならないだろう。


 すると、ティムは途端に目を輝かせ始めた。


「なに!? 是非とも知りたい! 頼む教えてくれ!」


 訓練大好きのティムからしたら私の訓練方法は喉から手が出るほど聞きたいものだったようだ。


「私がやった訓練は大きく分けて2つ。訓練兵見習いとしての訓練と私独自の訓練です。まず、訓練兵見習いとしての訓練から」


 人差し指と中指の2本を前に出してVサインを作ると説明を始めた。


「見習いってことは訓練兵ですら無いんだよな?」


 内容を話す前にティムから横槍を入れられる。私は頷き、肯定して話を続ける。


「そうですね。当時戦争をしていたとはいえ、10歳の少女を正規の騎士団に入れるほど切羽詰まった状況ではなかったのでしょう。ようは雑用係みたいなものです。部屋掃除や武具磨きばかりで肝心の訓練内容も騎士団の見学か今のティムみたいに模造刀の素振り、後は座学くらいでした」


 私の力を見出した者……今のお義父様である先代騎士団長が言うには、田舎に埋めておくには勿体ない逸材だが、あまりに若く、それも少女であったことからまずは訓練云々以前に、騎士としての適正を判断したかったらしい。


 そのため、まずは実益の訓練はない訓練兵見習いとして私は入団することになった。

 私が正規の騎士団員になったのは13の頃。それもようやく訓練兵としてであり、15になった現在に飛び級して中隊長。更に飛び級して騎士団長になった。


 実際、与えられた訓練で今の私の糧になったものは少ない。座学で魔法の知識を得たくらいで、それも基礎的なことばかりだった。


「次に私独自の訓練について──」


 ティムも訓練兵見習いがやるような訓練にはハナから期待していなかったようだ。

 本命の私が自ら課した訓練について話そうとすると、彼は私にも分かる大きな音を立てて固唾を呑んだ。


「……まず、私が最初に使えた魔法について話しましょう」


 右手を前に出すと、手のひらから黒いモヤのようなものが溢れ出る。


「闇魔法だな?」


「そうです。私は訓練兵見習いになる前から闇魔法だけ使えました。と言っても、今と比べるとずっと弱いものでしたが」


 今の私は火・水・風・土・雷・闇の6つの魔法を低級魔法から最上級魔法まで使える。しかし、当時の私が使えるのは闇魔法だけ。それも攻撃性のない低級魔法のみだった。


「ここで座学の勉強をしましょう。火・水・風・土・雷の魔法はそのままの意味、炎や水を操る魔法です」


 厳密には炎や水の「ようなもの」を操っている。例えば火炎魔法は魔法を媒介にして燃えているため酸素がない空間でも発動できる。

 水や土に直接触れて魔法を発動することもあるが……まあ、今はそんなややこしい勉強ではなく、もっと単純なものについての質問だ。


「しかし、光魔法・闇魔法は光や闇を操るわけではありません。ある特性の総称として光魔法・闇魔法と大きく括られています。ではその2つの主な特性は何ですか?」


 私の問いにティムは即座に答える。


「光魔法は創生と真実。闇魔法は破壊と虚実だな」


「正解です。よく勉強していますね」


 光魔法は創生と真実。回復と強化系魔法が大半を占める。

 闇魔法は破壊と虚実。状態異常と弱体化系魔法が大半を占める。

 闇魔法は他の5属性と比べると使える者は少なく、光魔法が使える者は闇魔法よりも更に少ない。ゲームではヒロインのみが使えた筈だ。


「最初に私が使えた闇魔法は幻影を見せるものでした。こんな風に──」


 指を使って「パチンッ!」と大きな音を鳴らす。すると、ティムの正面にいた私は瞬きほどの間にいなくなる。


「な……ッ!」


 ティムはキョロキョロと辺りを見渡した後、振り返って真後ろにいる私を見つけることができた。


「低級魔法でも油断している相手なら簡単に騙すことができます。10歳の少女相手ならなら尚更でしょう。私は見張りにこの魔法を使って自由に外出していました」


 最初にティムに黒いモヤを見せたとき、既に私は幻影を見せる魔法を使っていた。その後、彼の後ろに回って魔法を解いただけのある種の手品みたいなものだ。

 警戒していたり、衝撃で解ける程度の脆弱な魔法だが、訓練兵見習い時代の見張りを欺いて部屋から抜け出すくらいには役に立つものだった。


「……それで、外に出てどうしたんだ?」


 ティムは少し不機嫌になっていた。こんな簡単に出し抜かれると思わなかったのだろう。

 彼の名誉のために補足するが、先程の魔法は油断しているほどかかり易い。きっとティムと私の人間関係があってこそかかってしまったのだろう。そう考えると嬉しくなる。


「……ゴホン。私は訓練を見学しているときにこんなことを小耳に挟みました。『実戦に勝る訓練はない』。よくある常套句ですよね。ですが、当時の私はその言葉を真に受けてしまいました」


 当時の私は家族に認められたくて少なからず焦っていた。もっと冷静になっていたらあんな無茶はしなかっただろう。


「……まさか!?」


 ティムも私の取った行動を察したようだ。


「私は街の外に出て森の中に行きました。魔物の狩猟をするためです」

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