第3話 リアトリスは義弟の誘いを断っている

 義弟のティムロッツ・ルチアークは私と同じ年齢でありながら、身長180cmを超える大男である。そんな男に突然声をかけられたのだ。驚かない方が無理な話だ。


 私は早くなった鼓動を落ち着かせるために髪を整える。


「盗み聞きとは感心しませんよ。ティム」


 彼を愛称で呼ぶと簡単に注意する。決して盗み聞きをされて怒っている訳ではない。むしろ自分の不甲斐なさを嘆きたい程だった。


 自分で言うのも可笑しいが、私が背後を取られて気配に気づかないのは珍しいことである。

 それは彼が実力者であることを示しているのではなく。単に私の油断によるものであった。前世の記憶を取り戻した影響なのかと自分の中で言い訳をしたくなる。


「す、すまない。まさか俺に気づいていないとは思わなくてな……」


「…………」


 ティムもまさか私が気づいていないとは思っていなかったようだ。

 よく考えたら、私は髪を整える仕草を普段からしているし、そんな時にティムが声をかけてくるのも珍しくない。彼からしたら盗み聞きなんて思っても見なかっただろう。


 これじゃ私が八つ当たりで叱ったみたいだ。更に恥ずかしさを覚えると、思わず目線を逸らす。


「……ん」


 逸らした先で、彼の左手に訓練用の模造刀が握られていることに気づいた。


「これから訓練ですか?」


「ん? ああ、そうだ。これから素振りでもしようかとな」


 彼は空いた時間には屋敷にある訓練所で一人で剣を振っている。

 ほぼ毎日実力者を招き、手解きをしてもらっているし。剣こそが友と言った様子である。


「良かったら義姉さんもどうだ?俺としては、稽古をつけてくれるとありがたいんだが」


 そして、これも毎日と言っていいほど、私を稽古に誘ってくる。


「はぁ……」


 溜息が漏れる。私は髪を整えるのをやめると彼に2度目の注意をする。これはさっきの八つ当たりとはまるで違った。


「何度も言っているでしょう。私は立場上、民間人に稽古をつけることは出来ません。例え義弟であっても、尊敬する先代騎士団長の御子息であってもです」


 ティムは先代騎士団長の息子でありながら、未だ騎士団に入っていない。

 それは実力や才能が無いからという訳ではなく。ティムの可能性を狭めたくないからと前にお義父様が話していた。


 そして、理由はどうであれ現騎士団長の私はスパイ対策等、諸々で騎士団でない者に訓練をしてはならないと国王に命じれているのだ。例え身内であってもそれは変わらない。


「……そうだよな」


 私の言葉にティムは一瞬だけ表情を曇らせるが、直ぐに元に戻る。


「まったく。少しくらい稽古をつけてくれてもいいだろう? 騎士団長ってのは大変だな」


 嫌味のない清々しい顔持ちで模造刀を肩に担ぐと私の横を通り過ぎる。そのまま奥にある訓練所に向かうのだろう。

 私は何も言わずに彼の後ろを着いて歩き出す。


「…………」

「…………」


 少しすると、彼が歩くのをやめて私の方へ振り向く。同時に私も足を止める。


「なんで着いてくるんだ?」


「これから水浴びをするつもりなので」


 特に意味があってティムに着いていた訳ではない。

 元々私の目的は水浴び場であり、水浴び場は訓練所の隣にある。訓練で流した汗を直ぐに洗うためだ。

 偶々同じ道を歩いているだけである。


 まあ、ティムからしたら如何にも別れそうな雰囲気を出しておいて、こっちが何も言わずについてきたんだから何事かと思ったのだろう。


「じゃあ後ろに居るのはやめてくれ。落ち着かない」


「分かりました」


 ティムに言われて彼の横につく。そして再び歩き出す。


「水浴びってことは騎士団で訓練か討伐か……いや、これはセクハラになるか?すまない。忘れてくれ」


 ティムは紳士的に女性を重んじている。貴族だからと言って鼻にかけることもない。騎士として素晴らしい心がけだ。


「構いませんよ。私は邪龍の討伐をして帰ってきたところです」


 私はさっきまで肩に担いでいたドラゴン……邪龍の話を始める。


「邪龍!? あの邪龍か!?」


 彼が驚くのも無理はない。邪龍は1体で国を滅ぼせると言われている。御伽噺の怪物のような存在だ。

 何故そんな化け物が近隣に現れたか。実は心当たりがあるが、それは今は置いておく。


「……俺に話して大丈夫なのか?」


 邪龍が近隣に現れたなんて発表すれば国民は大騒ぎになるだろう。今回の邪龍討伐は秘密裏に行われたものだ。騎士団でも王宮でも知っている者は限られている。


「私は貴方が誠実な男であると知っていますし、貴方もどうやって邪龍を倒したか聞きたいでしょう?」


 神話レベルの生命体である邪龍を如何にして討伐したか。なんて話を日々腕を磨いている騎士が聞きたくない訳がないだろう。

 ティムの顔を見ると少年のように目を輝かせている。

 勿論、騎士団に入っていないティムに話すことは禁じられている。だが、彼ほどの紳士が無闇に言いふらすとは思わない。


「それに……」


「何か言ったか?」


「いえ、なんでもないです」


 それに、これは罪滅ぼしみたいなものだ。

 私はティムの地雷を踏むような発言をした。彼に向かって「民間人」などと言ってしまった。


 私の言葉にティムが一瞬表情を曇らせたのを思い出す。今まで気にしていなかったが、前世の記憶を思い出した私は真意を理解していた。


 ティムロッツ・ルチアークは生まれた早さで私の方が姉になっているだけで、私と同じ年齢である。もちろん私と同じ学園に同学年として入学する。

 そう。彼は私が破滅するゲームのメインキャラクターとして学園に登場するのだ。

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