第48話 「4・宅配便と牛乳パン」

 

 桃介の猫探し(家出猫を探せ)ーーー❹ 


 ある晴れた昼下り、2階の事務所の窓を開けるとシトシトと静かに雨が降っていた。


 (どっちやねん!)


 初めて雨が降ったと思ったらフライングである。いや、昼下がりに、新潟県上越市の父母より、宅配便のダンボール箱が木村探偵事務所に届いた。送りたがるのは、何時も母親だが、送る手続きは全てが父である。

 

 上越市で父の兄弟の長兄が農家をしているから、そこから分けてもらう米を僕に定期的に送る。父親が言うには「野菜だけ送ると割に合わないから米を送る。」ということらしい。なかなかに合理的な発想である。


 また、野菜は、父が趣味で、定年後に作る畑で収穫された物である。


 野菜は、カブ、大根、白菜が新聞紙に包まれて、無造作に詰め込まれていた。あとは地元の知る人ぞ知るパン屋さんの「牛乳パン」が桃介と僕と2つずつなのか、4つ入っていた。同級生もみんな大好きなのだ。


 また、秋も深まる中で、旬の物が届いた。俺の実家の庭には、柚子の木がある。父が、10個ばかり、「お風呂に入れなさい。」と、もぎたてを送ってくれた。柚子は、実にかぐわしい香である。


 しかし……僕らの探偵事務所は、もともとオフィスビルの一室を事務所兼住居にしている。ビジネスフロアみたいな部屋に流石にお風呂は、無いのである。「お父さん、柚子は美幸にあげますよ。」

 

 事務所は、シャワーだけだから、桃介と僕は定期的に大塚駅近くの「サウナ」に行き、大浴場を満喫している。

 昼間のサウナ料金は1000円くらいで、またガラガラで穴場である。明るい時間にのんびり入る湯舟は最高なのだ。また行きつけのサウナは実にロケーションが良い。屋上から見える昼間の大塚の青空が素晴らしい。私達はこの空間が好きだった。都会のオアシスはこんなところにもあるのである。


 一一一一一一


 猫探しである。2週間が既に経過していた、捜索は2週目最終日の土曜日である。

 今日、探して居なかったら、東雲さんに、また継続するか聞かないとである。早送りだが、捜索の経過である。ビラは、計画通りに、カラープリンターで50枚印刷した。御礼も出来ないし、協力的な連絡などは期待できないが、やれる事をやった。手分けして張り紙をしたが、中々に重労働だった。しかし、全く連絡も、手がかりも掴めなかった。


 東雲宅に戻って来ていないかは、毎日毎日、確認している。また、当初数日は、罠を東雲宅の庭にしかけたが不発だった。違う猫が寄り付いただけである。


 毎日探した。2日に1度は、俺、桃介の他にたかちゃん、正和君、吉田ヒカルのうちの誰かが加わった。

 この5人で、猫探しをしている。昼間の猫は、家屋の軒下のきしたや、影になっている部分で寝ているものだ。


 用意した地図を見ながら、各々の自転車で走っては適当に降りて、適当な場所に駐輪して、路地周辺を回る。そんな人海戦術だった。


 かなり綿密に、南大塚を、鮭缶を持って探した。「鮭の匂いに嗅覚の鋭い猫は、おびき寄せられるし、チャコちゃんはオスで甘えん坊である。」東雲さんの話であるが、なかなかに、結果は出なかった。

 

  (何回かは、見に来ているが)東雲さんが、アメリカンショートヘアのチャコちゃんと定期的に散歩に行くのは小学校のグラウンドである。

 今日、またグラウンドに行くと数人の少年達がサッカーをしていた。

 

 目の前に居た、水色のTシャツ、ベージュのハーフパンツの少しぼっちゃりした少年に話しかけた。


 「おーい。そこの少年!猫を見なかったかなあ。」


 「すいません。知りません。」


 「いや、謝らなくてもいいよ。オジサンの都合で聞いてんだから。」


 「たけし!蹴ろよ。」


 「ハジメく〜ん。このオジサンが猫を見ませんでしたかって。」


 「あー、確か、いつもおばあちゃんが猫を連れてきてたけどねー。」

 

 「おう、ハジメ君、君はおばあちゃんを知っているのか?」


 「知ってるー。知らないおばあちゃん。銀色の猫でしょー。」


 「そうそう。最近、猫だけ見ないかな?」


 「お〜い。ふたりとも、サッカーやめたの?」奥からヒョロリと背の高いゴールキーパーが、少しだけ苛ついて近づいてきた。


 「いやいや、邪魔してすまないなあ。明日のJリーガー諸君、オジサンは猫を探しているんだよね。」


 「猫はグラウンドには、来ないけど、俺は猫が集まる場所は、知ってる。」


 「それは、助かる。なんでも教えてくれ。」


 「この道の曲がった先の喫茶店の奥かなあ。小さい空き地に、よく猫が集まってるよ。」


 「ナイス!ありがとう。みんなに、チ○ルチョコをあげよう。」


 「ありがとう。オジサン、もう暗くなるから帰ったら?」


 「だよなあ。君たちもだよ、ありがとう。」



 優しい薄紅色の空がどこまでも広がる。しかし、少しずつ寒々とした曇が集まりだしていた。暗雲も立ち込めないが、快晴にもならない日々なのである。


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