第25話 「茗荷谷のアパート」

 凛のアパートは、二階建て。古く錆びたような赤色の屋根、白い壁はまだらにちた、小さなアパートだった。


 茗荷谷谷駅みょうがだにより徒歩12分。大通りをまっすぐ進み右に折れて、さらに入り組んだ道を行く。そこに「凛」の住まいがあった。


 午後15時から僕は張っていた。

 たぶんに店は夕方まで終わらない。

 自宅の202号室には鍵がかかっていて人の気配はない。大知は同居はしていないかな。

僕は調査を開始した。僕はピシリと締まった濃い灰色のスーツを着込んでいた。


 ドンドン

 「すみません。○○ネット通信でーす。」

 202号の隣の201号のドアを叩く。


 「はい。はい。はい。」


 丸顔に白髪パーマ、80歳を超えたと思える老婦人が顔を出した。


 「すみません。○○ネット通信です。インターネットは何をお使いですか?」


 「インターネットってなんだいね?よくわからないわよ。」


 「あ、少し教えて頂いていいですか?」


 「なんだい?」


 「隣は、住んでいるんですかね?物音もしないし。」


 「うぅん。そうだねぇ。彼女。若い女の子だよ。学生さんじゃないの。毎日、会ったら必ず挨拶するし、優しい子だね。」


 「ええ。何時頃に帰るんですかね?」


 「ああ。最近は早いようだけど。以前は真夜中に帰ってたわよ。」


 「ありがとうございます。」


 「ちょっとアンタ!待ってるつもり?ストー。ストーなんだっけ?」


 「ストーカー?ですか?」


 「そう。ストーカーになっちゃうんだよ、そういうの。だめよアンタ。」 


 「はい。だいじょうぶです。聞いただけですよ。アンケート、アンケート。」



 何部屋か聞き込みをしたが余り多くを語る人、凛をよく知る人は特にいなくて。



 僕は「凛」を待った。静かだ。都心の割に都会の喧騒がない。(凛と大知が一緒かもしれないしなあ…)



 僕は静かにアパート近くの小さな公園で帰宅を待った。公園には、ベビーカーを走らすお母さん達がいた。子供の笑い声。お母さん達の会話に微笑ましさを感じながら待つ。   

 子供か。欲しいなあ。男の子……。そんな気持ちが浮かんでくる。


 




 それから時が経ち、18時05分、ついに凛が現れた。


 「ちょっと。ちょっと、ごめんね。凛ちゃん少しだけ話を聞かせて欲しいんだよ。」


 凛が動揺しているのがわかった。仕方ない。どうしてもこうなる。


 「家まで、調べてたんですか?」

 怪訝けげんな表情で聞いてきた。


 「あっ、いや、最初は調べてないよ。依頼人の依頼なんだ。」


 「大知さんの奥様ですか?」


 「まあ。想像にまかせるよ。悲しむ人がいるんだ。大知さんは何処にいるか、教えてくれないか?」


 「私には、わかりません…。」


 「連絡は?」


 「もう取ってないし、連絡先も削除しました。」


 「大知とは、別れたんだね。」


 「知りません、私達は何もありませんから。」

 下を向いてしまう。


 「……ホテルに入るとこ、ごめんね、見ているんだ。お互い、何もないというなら、本気でなかったのかな?それがわかれば、安心する人はいる。」


 「ホテルでは、何もありませんでした。それは信じてください。ただあと詳しいこと私は言えなくて、大知さんに聞いてもらえますか?」


 「わかったよ。別れたこと。何も無かったこと。良かった、何もなくて。」



 「……なにもないです。ただ大知さんは大切な人。」



 「大切?恋愛感情ではなく?」




 「…私達にとって大切な人です。」




 「私達って?!」




 「すみません……もう2度と尋ねて来ないで下さい。」彼女は覚悟したかのように「キッ」と睨んで言った。怖い。


 「…いやいや少し気になるよ。特別に何か大切な人であるってことでしょう?しかも、あなた以外にも、大切と思っている人が?」


 「すみません。言えません。これ以上は、調べないでください。帰ってください。」


 「…うっ。」


 「警察呼びますよ。」


 「わかったよ。」



 足早に凛はアパートの階段を駆け上がった。


 僕も諦めて何か納得行かない思いで、トボトボと茗荷谷駅に向かう。

 空を見上げた。爽やかな青空だ。

 「う〜ん。」

 天高く馬肥ゆる秋というが、なかなかに爽やかな、気持ちにはなれない。


 「彩花にとりあえず相談しよう。」

 僕は、ただ道を歩き続けた。

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