第6話 「スナック夕焼け、美幸」

 僕は新橋にあるスナック「夕焼け」に居た。


 カウンターが8席。テーブル席も2つある。ちょっとした料理も出していて、調理場では「ひでちゃん」と呼ばれる静かなる青年がただずむ。あまり歌う人はいないが、カラオケもある。常連で賑わう店だ。ママと2人のホステスがいつも出勤だった。


 ここで実は、僕は顔パスである。俺は何時間なんじかん居ても3000円だ。実は3000円すら払わないで、柿の種とかツマミを食べてくっちゃべって帰ることすらある。


 ここのママのけいちゃんとは、私が私立高校教員時代からの付き合い。ママが具合悪い時に店を手伝う事もあった。


 最近、とみに通うようになったのは、朝比奈美幸あさひなみゆきが店に来てからだ。


 昼間には、病院事務をやっていて、週に1日〜2日くらいフラッと出勤する。『今日行く』と美幸からラインがあったため、僕はノコノコ30分かけて大塚から山手線に乗って、新橋まで来たわけだ。


 美幸は平成5年生まれ。6月22日に28歳になった。桃介と同じ年だ。美幸が入店したのが今年4月の終わり。


 とても魅力的な女だった。本を今どき珍しくやたら読んでいて、私はあまりついていけないが、勧められた本を何冊か読んだ。「夏の庭」は良かった。なにかと話題が尽きない女性だった。



 ほぼ黒髪、目尻が角張っているのが特徴的な目。唇がふわっとしている。引かれた口紅が赤くて、雪のような白い肌に自然に馴染んでいる。明るくハキハキした知的な美人だった。


 「ガチャリ」ドアを開く。


 22時ちょうどに訪ねた。店内は客は6人かな。テーブル席に3人。カウンターに3人座っていた。


 「木村くんじゃない!あっ美幸に呼ばれたんでしょう?」

 フフと、笑いながらママが言う。


 「いえいえ違いますよ、今日は飲みたい気分の日なんですっ!」


 「こ〜んばんわあ、木村さん!」

 はるかが近づいてきた。ホステスは今日は、遙と美幸か。遥は会釈して、またすぐ他のカウンターに居る2人に戻る。 


 遥も可愛いいと言えばかわいい。お嬢さんみたいな20代前半の娘。甘ったるいような声にあざとさを感じる。固定客が沢山いる。だから美幸があまり出勤しなくて許されるのだろう。ママも別の1人の話を聞いていた。


 美幸は、テーブル席で接客中だ。なにせ遥以上に人気者なのだ。たまにしか来ないし、他の客にたぶん出勤日は、言ってないと思う。


 「れいさん…」

 少し視線を向けられた。

 

 「いいよ…」

 僕は、ジェスチャーで合図した。


 僕は、ボトルキープしたウィスキーを頼み、勝手に一人でつぐ。氷を3つ。「トクトクトク」。ソーダ割りハイボールだ。特に何という訳もなく、僕はいつも放置だ。ママも接客に忙しい。


 (しかしなあ、美幸なあ〜、本当は『いい』わけないだろう。自分で呼んでおいて、何なんだよなあ)グラスをカラカラ振ってみた。グラスの泡が細かく弾ける。


 「唐揚げください!」

 遥に手を上げて言う。

 「はあぁい」何か子供みたいに遥は言うと、調理のひでちゃんに指示した。ひでちゃんは接客しない。よく聞いたことはないが、ママの親戚らしい。


 唐揚げをひでちゃんが持ってきた。


 「おう」

 僕が言うと伏目ふしめがちな視線のまま下がる。冷凍をチンしただけだ。俺がコンビニで398円で買ってきてチンしたら良いだけではある。しかし550円だ。高くはない。


 「ウイスキーがお好きでしょ♪」

 呟く。うーん。井○遥と菅○美穂はおらんのか、という話ではないか。違う遥はいるな。遥でもとりあえずいいけどな。ママ、遥、美幸。みんな話し込んでいた。


 僕はスマホのアプリを開き、電子書籍を読むことに没頭することにした。何か集中できない。イライラしてくる。

 石○○良さんの小説を読みながらイライラって…。そう考えたら、笑ってしまった。

 

 そのうちに酔いが周り始めた。適当にプロ野球の文字中継を見たり、ニュースアプリを見たり、意味のない時間を潰した。「なんで、来たんだろうな…」







 23時を回った頃に、美幸がやっと僕のところに来た。来なくては困るのである。

 「れいさん、ごめんね」


 「いやいいよ。美幸さ、今度映画行こうよ。美幸の観たいの合わせる。美幸の好きな洋画でもいいよ」僕は酔った口調で言う。


 「そうだね。なかなか忙しくてさ。あんまり空いてないんだよね」


 「えっとさ、最近は土日なにしてんの?」


 「…土日も昼職あるんだ。あとジムにいったり、友達と遊んでる。あと妹が最近具合悪くて心配だから、ちょくちょく顔だすし」


 「ああ、まあ探偵は年中休みといえば休みだからさ。今は調査あるけど。近く合わせられたら頼むよ。美幸映画好きじゃん」


 「そうだよね……また後でね」



 美幸は、また元の席に戻ってしまった。

他の客と話しこむ。


 「またアイツ放置プレイか…。腰痛くなるっちゅうねん」





 23時50分くらいに終電も無くなるし、仕方なくもう帰ろうか、と席を立とうとした。『映画に直接話して誘えたしいいや』、そんな気持ちである。




 その時、美幸が近づいて来て、小声で言われた。

 「今日うち来る?」



 「はっ?!」


 「いや、う、う、うん。じゃあ、はい」


 「今日0時30分で、上がるから待っててくれない?」


 「はあ…」


 美幸は何処に住んでんのかな。それすら知らないのだ。まあいっか。僕はびっくりして突然の出来事に、心臓がドキドキしていた。大人だからなあ。家に行くわけだよね。お泊りに。参ったなあ。





 僕は、探偵だ。探偵も人間なのだのだ。

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