9.視線

 私の息子——いえ、息子と言うべきでしょうか——アンリが生まれてまもなく、母は、神に召されました。


 父には、早世した私の弟をのぞくと、男の跡継ぎがありません。再婚後も、やはり男児には恵まれなかったのです。父の名望もあってか、三人の妹たちは相応の相手との縁談がまとまっていったのですが……。


 私は、ミサをのぞくと、家のなかにばかりいるようになりました。父に外出を禁じられたとき、あれほど外へ出たいと思っていたのに、不思議なものです。


 通りに出たとたん、私に向けられる目が、耐えがたく感じられました。羨望と侮蔑の入りまじった視線。それに加えて、殿方からは、欲望なのか嫌悪なのかも判じかねる視線が向けられる。目にするのも厭わしくなる視線が、ミサのあいだでさえ、容赦なく私を追い回していた――これは、私の虚栄心から来る思いなしではありません。


 いえ、私が嫁ぐかどうかについて、王家からはなんのご指示もありません。しかるべき相手があれば、結婚はありえました。すくなくとも、父はその望みを捨てていませんでした。でも、結局のところ、誰一人として、私を迎え入れようとはしなかったのです。


 アンリが生まれたことは、もちろん王家も最初からご承知のことでした。少額ながら毎年の恩給も賜っていたのです。それは、アンリが十二歳になる年、陛下があのおいたわしい事故で亡くなってからも続きます。


 そう、アンリが十六歳の誕生日を前に亡くなるまでは――。

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