5.地球儀

 「悦ばしき入城」までの準備の数ヵ月は、楽しい思い出です。


 母から説明を受けたとおり、私たちは、ヴェール門の外で――ええ、そうです、ヴェール川にかかる橋を越えたところです――アンリ様をお迎えすることになっていました。と申しますのは、私一人ではなかったからです。


 そこに建てられる四本柱の木造アーチが、いわば私の「舞台」だったのですが、目立たない場所で、職人たちが待機し、舞台装置を操作する手はずになっていました。アンリ様の紋章である三日月をあしらったアーチの上に、とても大きな青い球体が置かれます。ご一行が到着したら、合図をうけて機械じかけを動かし、この球体をゆっくりと地面まで降ろすのが、職人たちの役目です。球体は、内側からの操作で、八つに割れました。そう、私はそのなかに入っていたのですよ。


 青い球体は、市庁舎にあった地球儀に似ていました。ただ、それよりひと回りも大きく作らなければなりません。私は年齢のわりに体が大きかったので、その分、地球儀の寸法も増すことになります。球体を吊り上げる機械も頑丈でなくてはならず、一度は、私より小柄な娘に交代させるという話も出たほどです。


 市参事会の方々は、この機械を作らせるのに、わざわざイタリアから職人を呼び寄せていました。いくらか粗野なところはあるものの、とても快活な人たちで、骨の折れる準備を楽しく終えることができたのも、彼らのおかげです。私たちは、言葉もろくに通じないのに、一緒にふざけたり、励ましあったりしていました。


 もちろん、この準備のことは秘密にされていました。場所は古い工房でしたが、天気のいい日は、ヴェール門外の野原に行くのです。同行するのは、数名の使用人だけ。なかなか外出させてもらえなかった私には、開放感のある貴重な時間でした。


 直前の準備で、何度も地球儀のなかに入らされたことを思い出します。機械がうまく動作するか、繰り返し試験するためです。暑い日が続いていましたので、なかに閉じこめられるのも楽ではありません。そんなときも、イタリア人たちは、私のことを妹のように気づかってくれるのでした。


 ただ、私たちがあまり親しげにしていると、使用人の誰かがあわてて飛んできました。きっと父から厳しく監視するように言われていたのでしょう。


 準備のもう一つの楽しみは、衣装合わせです。そのための費用は父が負担していたのですが、生地の質はもちろん、服の仕立ても、金に糸目をつけずに作らせました。見たこともないほど上等な純白のドレスに、色鮮やかな宝石や華やかな装飾を身につけると、まるで自分が本物のお姫様にでも生まれ変わったような心地がしたものです。

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