4.母の教え

「そこへおかけ、マリー」


 母は、私が来ると、自分も座ったまま、椅子をすすめました。大病でやつれてはいましたが、父よりずっと若かった母は、婚礼時に描かせたという肖像画の美しい面影を残していました。


「お前は、芝居が好きでしたね」

「はい、お母さま」


 そう答えながら、私は顔を赤らめました。父の前でお芝居の話などしようものなら、ひどく叱られたものです。芝居好きな自分を、いつしか恥じるようになっていたのでしょう。


「国王陛下がおいでになる日、お前には芝居をしてもらうことになります」

「私が、芝居、ですか?」

「ええ、そうです」

「どこに立つ舞台なのでしょう?」


 思わず、母に聞き返しました。お芝居を観るのは楽しいことでしたが、自分が演じるなんて想像できません。


「普通の舞台とはちがうのですよ、マリー」


 母はそう言うと、そっと私の手を握りました。


「ランスの城外、ヴェール門の前で、お前は陛下のご一行をお迎えすることになります。純白のドレスを着て、市門の鍵を陛下にお渡しするのです。お前が演じるのは、ランスの町そのものです」

「ランスの町を?」

「ええ。ただ、お前はランスの町を演じるだけではありません。ランスの町そのものにのです。入城の儀式で、私たちの町は、これからも国王陛下に従うことを示さなければなりません。市門の鍵をお渡しするのも、そのことのしるし。町が、陛下のものになることを示すのです」


 この母の言葉に、何か大きな意味がこめられていることに、私は気づかざるをえませんでした。そして、そのときの母が、どうしたわけか、すこし悲しそうな顔をされていることにも――。

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