第60話「異世界」

「エ、エンドレスワールドの、エレナのコスプレですよねっ!?」


 書店を出て道を歩いていると、突然見知らぬ男の人に声をかけられる。

 いきなりでビックリしたが、エンドレスワールドとはそれこそさっき買った漫画のタイトルで、エレナというのは表紙の載っていたヒロインの名前だった。


 つまりこの人は、有栖川さんが先程購入した漫画のキャラのコスプレをしていると思っているようだが、残念ながら有栖川さんはデフォルトでこの姿なのだ。


 だが、この人が勘違いしてしまうのも無理はなく、たしかに有栖川さんは、俺から見てもこの漫画の世界から飛び出してきたような容姿をしているのであった。



「いえ、コスプレしているわけじゃないですよ」

「いや、でも! えっ?」


 怯えて俺の後ろに隠れる有栖川さんの代わりに俺が答えると、男の人は信じられないといった感じで驚いた。

 この容姿で、コスプレでないという事が信じられなかったのだろう。

 しかし有栖川さんの反応を見ると、どうやらそれが真実だと伝わったのだろう。

 そしていずれにせよ、いきなり話しかけられた事に怯えている事が伝わったようで、男の人は申し訳なさそうに立ち去って行った。



「……ビックリしました」

「そうだよね、ごめん、俺がついてるから」

「いえ、健斗くんが一緒なので大丈夫です」


 やはり、油断をするとすぐに周囲から注目を浴びてしまう有栖川さん。

 こんなところに連れて来ちゃって本当に良かったかなという気持ちが湧いてきてしまうが、それでも有栖川さんは嬉しそうに微笑みながら俺の手をぎゅっと握ってくる。



「エスコート、してくださいね」


 そして恥ずかしそうに、そんな言葉を呟く。

 その言葉に俺まで恥ずかしくなりつつも、とりあえずここでは目立っているみたいだし、次の目的地へと向かう事にした。



 ◇



「ねぇ、健斗くん! 私あそこ行ってみたいです!」

「ここ?」


 目的地へ向かって歩いていると、何かに気付いて足を止めた有栖川さんが、あそこに行ってみたいと雑居ビルの一角を指を差す。

 その先にある看板を見て、俺は思わず笑ってしまう。



『異世界メイド喫茶』


 そこは所謂、コンセプトカフェというやつだった。

 よくある異世界モノの作品の世界観をイメージしたメイド喫茶のようだ。


 何が有栖川さんの興味を注いだのかは分からないが、まるで異世界と言われる有栖川さんが異世界メイド喫茶へ行きたいというのは、何とも言えない面白さがあった。



「気になるの?」

「はい、何だか可愛らしいので」


 こういう街へやってきたからだろうか、有栖川さんはもうノリノリだった。

 であれば、俺はもうそんなお願いを断るわけにはいかない。


 だったらもう、異世界メイド喫茶へうちのまるで異世界な美少女が遊びに行くという状況を楽しませて貰おうじゃないかと、あまりこういうお店に行くのは慣れてはいないもののその場のノリで入ってみる事にした。



「「お帰りなさいませ! ご主人様! お嬢様!」」


 店の扉を開けると、そこはまさしく異世界だった。

 コスプレをした女の子達が、俺達の来店を出迎えてくれる。


 しかしメイドさん達は、その後の接客を忘れてしまう程、俺の隣に立つ有栖川さんの姿を見ては全員驚いて釘付けになっていた。

 店員のメイドさん達よりも素で異世界を思わせる有栖川さんの事を見ながら、「可愛い」「キレイ」と本音が漏れだしており、ここでも有栖川さんの注目は店員さん以上だった。


 それから席へと案内状された俺達は、お店のシステムを説明してもらう。

 その際も有栖川さんはずっとワクワクとした様子で、さながらテーマパークへ遊びに来たようであった。


 とりあえずまだ学生の俺達は、お金に余裕があるわけでもないためドリンクだけ注文した。



「なんだか本当に、異世界へ来たみたいですね」


 店内を楽しそうに見回しながら、有栖川さんは嬉しそうに呟く。

 その言葉に、俺もそうだねと相づちを打つ。

 たしかに、店内の内装は異世界の酒場をイメージしているのかそれっぽい感じに仕上がっているのだが、きっと有栖川さんからしたら、こういう場所そのものが異世界のように感じられるのだろうと納得した。


 それから俺達は、席で接客してくれるメイドさんとお喋りを挟みつつ、異世界メイド喫茶を堪能した。

 途中、ステージで歌って踊るメイドさん達の姿に、有栖川さんは手を叩きながら嬉しそうに微笑んでおり、そんな風に楽しそうにしてくれている事が俺も嬉しかった。


 そしてその結果、メイドさん達以上に他のお客さん達の注目が有栖川さんへと集まっていた事については、全くもって仕方のない事であった――。





「あー! 楽しかったです!」

「そうだね」


 メイド喫茶を出ると、有栖川さんはそう言って満足そうに伸びをしながら微笑む。

 その言葉通り、本当に楽しんでくれたようで何よりだった。


 そして、時計を見ると午後も四時過ぎ。

 帰りの電車を考慮してもまだ少しだけ時間はあるため、俺は最後にもう一ヵ所だけ有栖川さんを連れて行く事にした。



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