第59話「都会」

 それから俺達は、別に急ぐわけでもないため、有栖川さんが復活するまで暫くハンバーガーショップでゆっくりしたあと、一緒に電車に乗って目的地へと向かう事にした。



「一体どこへ行くのかなー♪」


 電車へ乗り、隣に座った有栖川さんはルンルンと楽しそうにしている。

 さっきまでのグロッキーさはすっかり無くなり、完全復活した有栖川さんはさながら遠足へ向かう小学生のようで、そんな無邪気に楽しんでくれている姿に癒される。


 これから目的地まで暫く電車に乗る事になるのだが、昼ご飯も食べてちょっと疲れてしまったのだろう。

 ルンルンだった有栖川さんも次第にウトウトしだしたかと思うと、そのままこてっと頭を俺の肩へと預けながら、居眠りを始めてしまった。


 そんなところも、やっぱり子供っぽいというか何というか、可愛くて仕方が無くなってしまう。

 それに何より、こんな風に肩で触れ合っていられる事が嬉しかった。


 同じ車両に乗り合わせている人達は、明らかにこっちを見てきている。

 それは勿論、有栖川さんのような誰しもの目を引く美少女が居眠りをし、そして隣に座る俺の肩へと無防備にその身を預けているからだろう。


 それに対して平凡な俺だから、まさかこんな俺が隣で眠る有栖川さんの彼氏だとは思わないだろうし、だからこそこの役得な席へ座る俺の事をこんな風に見てきているのだと思うと、ちょっと笑えてきた。


 そんな周囲の視線なんて知る由もなく、隣でスヤスヤと眠る有栖川さん。

 ……いや、それもきっと違うのだろう。

 これまで難攻不落と呼ばれてきた有栖川さんなのだ、きっと隣に俺がいるからこそこうして気を抜いてくれているのだろう。

 そう思うと、やっぱり嬉しくて堪らなくなってきてしまう。

 こうして、ただの電車での移動をしているだけでも、俺の心はこんなにも満たされてしまうのであった。





「起きて、着いたよ」

「……ふぇ?」


 結局、目的地へ着くまでスヤスヤと眠り続けていた有栖川さんを優しく起こす。

 眠りから覚めた有栖川さんは、まだ寝ぼけてしまっている様子で、まだ眠たそうな目で俺の顔をじーっと見つめてくる。

 そして次第に目も覚めて来たのか、嬉しそうに微笑むと俺の手をぎゅっと握ってくる。



「もう着いたんだね」

「うん、次の駅で降りるよ」

「はーい♪」


 もうと言うけれど、有栖川さんが眠ってから三十分程電車に揺られていたのだが、寝ていた有栖川さんとしてみれば一瞬の出来事だろう。

 こうして、すっかり元気になった有栖川さんと一緒に電車を降りると、俺達はその足でそのまま目的地へと向かった。



 ◇



「凄い! 都会だね!」

「そうだね、都会だね」


 地下鉄を降り地上へ出ると、そこは地元と比べてかなりの都会。

 それもそのはず、やってきたのは日本でも三大都市と呼ばれる街の一つだからだ。


 高いビルが立ち並び、人通りの多い街の様子を、有栖川さんは興味深そうにキョロキョロと眺めていた。

 その反応から察するに、どうやら有栖川さんはあまり都会へ来た事が無さそうだった。

 そんな有栖川さんを見ていると、まるで異世界人が日本へとやってきて発展具合に驚いているようで、やっぱりファンタジーの世界から現実に飛び出してきたみたいに感じられてしまう。


 まぁそんなわけで、あまりこういう街へは来た事が無いと言う有栖川さんとはぐれないためにも、俺はそんな有栖川さんの手をぎゅっと握り目的地へと向かう事にした。


 そして駅から暫く歩いて一緒にやってきたのは、有名な本屋さんだ。

 通常の本屋さんと違い、ここは所謂オタクコンテンツに特化している有名なお店で、ここでしか手に入らないようなものも多く売られている事から、俺はたまにこうしてそういうグッズを求めてやってくる事があるのだ。



「すごいです! あっちもこっちも全部漫画です!」


 そんな、ある意味コアなお店へとやってきた有栖川さんはというと、物珍しいのかそれはもう楽しそうに周りをキョロキョロと見回していた。

 わざわざ遠出してきて、こういうお店に連れてくるのもどうかなと思わなくもなかったのだが、ちゃんと楽しんでくれているようで何よりだった。



「ねぇ健斗くん! これ可愛いです!」


 そして色々店内を見て回りながらはしゃぐ有栖川さんは、俺の手を引いて沢山詰まれた新巻の山の中から一つの漫画を指さす。

 それは異世界モノの漫画で、表紙の銀髪の女の子はどことなく有栖川さんに似ている気がした。

 だから、そんな自分にそっくりな漫画キャラを可愛いという有栖川さんに、俺は思わず笑ってしまう。



「気になる? 俺も読んだことないから、買ってみよっか」

「そうですね! 是非、読んでみたいです!」


 鼻息をフンスと鳴らし、読んでみたいという有栖川さん。

 そんなに気になるのかと思いつつも、それならばと俺はその漫画を手にした。

 ここは有栖川さんのファーストインプレッションを信用する事にしよう。


 こうして、漫画を購入した俺達はその店をあとにした。

 精算時、店員さんがその漫画の表紙と有栖川さんの事を交互に見て驚いていた事を、俺は見逃さなかった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る