第58話「ハンバーガー」
家を出ると、俺は有栖川さんを連れて駅へと向かう。
これから一緒に俺のたまに行く場所へと有栖川さんを案内するわけだが、隣を歩く有栖川さんはそれが楽しみなのかずっとニコニコしていた。
こんな風に楽しみにしてくれている事が俺も嬉しくて、こっちまで自然と笑みが零れてしまう。
とりあえず、今日の目的地はちょっと遠くにあるため、そこへ向かう前にまずは昼ご飯だ。
とは言いつつも、中々お店を決められないでいた。
どこのお店でも良かったのだが、どこでも良いからこそどこへ行こうか迷ってしまってしまう。
しかし、駅の構内にあるハンバーガーショップの前を通りかかった際、気になるのか有栖川さんはずっとそのハンバーガーショップの方をじっと見ていたため、だったらと今日はそのハンバーガーショップで済ませる事になった。
「私、こういうところも滅多に来ないので気になっちゃいました」
「なるほどね、まぁ俺もそんなには来ないけど」
「じゃあ、ナイスチョイスですね! あ、それで健斗くんは、どれにしますか?」
「んー、チーズバーガーセットかなぁ。れーちゃんは?」
「なるほど、チーズバーガーも良いですねぇ……。うーん、そうですね、でもせっかく来たのでこう、よりジャンクなものに挑戦したくなってしまいますね……」
顎に手を当てながら、うーむと何を注文しようか悩む有栖川さん。
そんな仕草の一つ一つも様になっていて、こんな何気ない仕草でも周囲の他のお客さん、そして店員さんまでもがそんな有栖川さんの姿に釘付けになっているのであった。
しかし、当の本人は至って真剣なようで、何を注文すべきか悩みながらもカウンターへゆっくり近付くと注文を始める。
「この、スーパーバーガーセット、一つお願いします!」
そして、とても良い表情を浮かべながら、しっかりと注文をする有栖川さん。
しかし、一体何を頼むかと思って様子を窺ってみれば、それはまさかの注文だった。
スーパーバーガー。
それは、このハンバーガーショップの代名詞でもある、所謂欲張りセットってやつだ。
普通より一回り大きいバンズの中にはハンバーグが三枚、それらをチーズとはみ出しベーコンで挟み、確かにいかにもジャンクなバーガーだった。
なので、たしかによりジャンクな注文をするという意味では、これ以上無い注文だった。
しかし、そのジャンクさに比例して、その分ボリュームも凄い事になっているという事には気付いているのだろうか……。
しかし、当の本人はこの店で一番のジャンクな注文が出来た事に満足しているのか、ワクワクとした感じで微笑んでいる。
そんな、これから自分がそれを食べなければならない事を本当に理解しているのかどうかはともかく、そんな無邪気な有栖川さんもまた可愛いのであった。
◇
「……うう、健斗くん」
「あはは、やっぱりね」
最初は嬉しそうに、ハンバーガーとポテトをパクパクと食べ進めていた有栖川さん。
しかし、やはりサイズが大きかった事もあり、案の定終盤はお腹が満たされてしまったようだった。
そんな、わかりきっていたオチを見せてくれる有栖川さんのポンコツさに、思わず笑ってしまう。
きっと本人も分かっていなかったわけでは無かったと思うが、こんなところで謎のチャレンジ精神を見せる有栖川さんはやっぱり面白くて可愛かった。
「大丈夫? 食べきれそう?」
「だ、大丈夫です! 責任をもって全部食べ切りますのでっ!」
食べるのを手伝ってあげようかなとも思ったのだが、ここは責任をもってちゃんと自分で食べ切る宣言をする有栖川さんは、それから自分の胃に押し込むようにそのでっかいハンバーガーを全て一人で食べ切ったのであった。
そして無事食べ切った有栖川さんはというと、苦しそうにしながらも、一つの戦いを終えた後のような完全にやり切った表情を浮かべており、それが容姿とのギャップを生んでいてどうにも可笑しかった。
「健斗くん、どうやら私は、また一つ大人になれたようです……」
そして満足そうな表情を浮かべながら、無事スーパーバーガーとの戦いに完全勝利した有栖川さんはというと、また一つ大人の階段を登ったのであった。
こうして、本当ならこのまますぐに目的地へ向かっても良かったのだが、きっと今は満腹だろう有栖川さんのためにも、もう暫くここでゆっくりしていく事にした。
というか、こんな風に満足そうな表情でジュースを飲む有栖川さんを間近で見ていられるなら、正直このままずっとここで過ごしていてもいいぐらいだった。
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