第53話「映画」
「わぁ! 広いですねっ!」
映画館のフロアへ着くと、有栖川さんは嬉しそうに微笑みながら周りをキョロキョロと見回していた。
きっと、この映画館独特の雰囲気が興味深いのだろう。
ショッピングモール自体あまり来ることがないと言っていただけに、映画館なんて尚更物珍しいのは聞くまでもなかった。
「どの映画観よっか」
「そ、そうですね! どうしましょうかねっ!」
とりあえず、まだ観る映画を決めていなかったため、俺がそう問いかけると有栖川さんは少し興奮気味にどれにしようか全力で迷っている様子だった。
そんな、やっぱり子供っぽい無邪気に楽しむ有栖川さんの姿に、俺は思わず笑ってしまう。
本当に、さっきの難攻不落はどこへ行ってしまったんだろうか。
でも、こうして自然な感じで楽しんでくれている事が、俺はやっぱり嬉しいのであった。
「健斗くん! あれ! あれがいいですっ!」
そして、そう言って有栖川さんは一つのポスターを指さす。
それは、漫画の流れの通り恋愛映画――ではなく、週末の朝放映している人気アニメの映画化のものだった。
「実は私、毎週見てるんです!」
「あはは、そうなんだね。うん、玲さんがこれ見たいならいいよ」
正直俺は見ていないためよく分からないのだが、こんな風に嬉しそうにされてしまっては断る事なんて出来るはずもなかった。
こうして俺がオッケーすると、有栖川さんはやっぱり子供のように大喜びするのであった。
「……でも、やっぱりちょっと違うなって思いました」
「え、違う?」
「……その、呼び方です」
てっきり映画の話だと思ったが、どうやらそうではなく俺の呼び方が気に食わない様子の有栖川さん。
しかし、ちゃんと名前呼びをしているのに不満そうにしている事が、俺にはよく分からなかった。
「玲さんって、まだ距離を感じます」
「ああ、なるほど……」
「お母さんや親戚の人達は、私の事は『れーちゃん』って呼びます」
少し悪戯な笑みを浮かべながら、そんな情報を伝えてくる有栖川さん。
まぁ確かに、自分でも玲さんと呼ぶのは少し硬い感じはしていたのだけれど、その呼び方はシンプルにハードルが高い……。
「えっと……」
「れーちゃんって、呼ぶんですよね」
「……ああ、うん。分かったよ、れーちゃん」
玲さんもれーちゃんも、恥ずかしいのは最早同じだと思った俺は、諦めてれーちゃん呼びをする。
すると有栖川さんは、嬉しかったのかやっぱり満面の笑みを浮かべると、元気よく「はい!」と返事をしてくれたのであった。
そんな有栖川さんの姿に、自然と俺まで笑みが零れてしまう。
客観的に考えると、最早名前呼び以上の呼び方に進化している気しかしないのだが、この笑みの前では今はそんな事どうでも良く思えて来てしまう程、とにかく魅力に溢れる有栖川さんなのであった。
◇
チケットを買い、それから有栖川さんたっての希望でキャラメルポップコーンとドリンクを買った俺達は、そのまま会場へ入り席へと着いた。
「あー、良い香りですね」
隣に座る有栖川さんは、キャラメルポップコーンの甘い香りを嗅ぎながら、一つ摘まんで口へと放り込む。
そして、「うん、おいしっ!」と呟きながら、嬉しそうに微笑んでいた。
もう何て言うか、その何気ない一連の仕草全てが可愛すぎてヤバかった。
だから俺も、ポップコーンを一粒摘まんで口へと放り込んでみると、確かにキャラメルの味が口いっぱいに広がり甘くて美味しかった。
こうして、映画が始まるまでポップコーンを食べていると、会場の明かりが消される。
そしてスクリーンからCMが流れる事で、いよいよ映画が始まろうとしていた。
「そろそろですかね」
「……うん、そうだね」
「えへへ、音が大きくて凄いですね」
確かに音響は大きく、また話し声が周囲への迷惑になってもいけないため、有栖川さんは顔を近付けながら小声で話しかけてくる。
しかし、暗い会場の中で、こうして有栖川さんが顔を近付けて耳元で話しかけてくるというのは、言うまでもなくドキドキさせられてしまうのであった――。
そして、ついに映画が始まった。
選んだ映画は、毎週日曜日の朝放映している魔法少女が主人公の人気アニメで、可愛い女の子達が悪へと立ち向かっていくストーリーは、子供向けではあるものの感動的で純粋に良いお話だった。
そんな、その絵柄とは裏腹に熱い展開をみせてくれた映画に、隣からは鼻をすする音が聞こえてくる。
そっと隣へ目を向けてみると、クライマックスの展開に感動しているのだろう。
ハンカチで目元を拭う有栖川さんの姿があった。
だから俺は、そんな有栖川さんの事を邪魔しないよう映画に集中する事にした。
スクリーンを見つめながら、ポップコーンへと手を伸ばす。
すると、そんなポップコーンを取ろうとする俺の手に、別の温かいものが触れる。
それは言うまでもなく、同じくポップコーンへ手を伸ばす有栖川さんの手だった――。
そして、手と手が触れ合った俺達は、思わず顔を見合わせる。
隣を向くとそこには、やはり感動して涙を流す有栖川さんの姿があった。
すると、泣いているところを見られたのが恥ずかしいのだろう。
慌てて前を向くと、手にしたハンカチで涙を拭う有栖川さん。
そして、泣いてしまっている事を誤魔化すように、恥ずかしそうに微笑みかけてくる有栖川さん。
そんな初めて見る有栖川さんの姿に、俺の胸はまた大きく一度高鳴ってしまうのであった――。
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