第54話「距離、そして…」
映画館を出た俺達は、日も落ちてきたため帰る事にした。
帰ると言っても、方向は同じなため俺は有栖川さんと来た道を戻る。
しかし、映画館を出てからの有栖川さんの様子はおかしくて、ずっと俯いて目を合わせようとはしない。
「映画、面白かったね」
「う、うん、そうだね」
話しかけても、こんな調子で微妙な反応をされてしまうのであった。
――まぁ、普通に考えて、泣いているところを見られたのが恥ずかしいんだろうな。
だから俺は、その事には触れないでおいた。
とりあえず、有栖川さんの機嫌が戻るまで待つ事にしようと、俺達はゆっくりと家路についたのであった。
そして、ろくに会話もしないまま家の近くまでやってきた。
まだ日は落ちていないから、このまま家の前でさよならをしても良いのだろうけれど、何だかこのまま帰すのも気が引けるというか、俺はこのまま有栖川さんの家まで送るため家の前を素通りする。
「……あれ、健斗くん?」
「いいよ、家まで送ってく」
「……う、うん。ありがと……」
送って行くと言ったその瞬間、有栖川さんはふっと微笑む。
そしてまた、俺達は会話もなく一緒の道を歩く。
しかし、それが気まずいとかそういう感じではなく、こんな風に一緒に歩く事に居心地の良さみたいなものまで感じてしまう。
そして、沈みかけの夕日が照らす中、俺達は初めて会話をするキッカケになったあの通りへとやってきた。
その光景はまるであの日と同じようで、俺はついあの日の事を思い出してしまう――。
あの時は、犬にビックリした俺の事を有栖川さんが笑って、それから教室でも少しづつ話すようになったんだっけ。
でも今じゃ、あれだけ苦手だった犬も克服出来たし、そして今、あの有栖川さんは俺の隣を歩いている――。
そんな、この短い期間で本当に色々あったよなと、その濃密な日々の事を思い出しながら歩く。
「……ぷっ」
すると、隣で小さく吹き出すような声が聞こえてくる。
その声に隣を振り向くと、隣では口元に手を当てながら控えめにクスクスと笑う有栖川さんの姿があった。
「れ、れーちゃん?」
「あ、ごめんね! その、あの日の事を思い出しちゃって」
「ああ、やっぱり……」
あの日の事を思い出していたのは、どうやら俺だけではなかったようだ。
もしかしなくても、有栖川さんはあの時の驚く俺のリアクションを思い出して笑っているのだろう。
それはちょっぴり恥ずかしいけれど、それ以上に、こうして有栖川さんも同じ時の事を思い出してくれている事が俺は嬉しかった。
「やっぱりって、健斗くんも?」
「うん、まぁ」
「あはは、じゃあ同じだね」
同じだった事が嬉しそうに、満面の笑みで微笑む有栖川さん。
そんな有栖川さんの姿に、俺まで自然と笑みが零れてしまう。
どうやらもう映画の事は気にしていないようで、こうしてまた微笑みかけてくれている事が嬉しかった。
「……やっぱり、良かったな」
「ん? 何が?」
「健斗くんと、こうして仲良くなれた事が、です」
そう言って、ふわりと微笑みかけてくる有栖川さん。
「あ、今日はここまでで大丈夫です! その、お買い物も映画も、全部楽しかったです!」
恥ずかしかったのだろうか、ここでいいと言って一人で帰ろうとする有栖川さん。
夕陽のせいだろうか、その頬は真っ赤に染まっているように見えた。
でも俺は、何故だかこのまま別れたくない気持ちで溢れてしまう。
そして、気が付くとそんな有栖川さんの手を取っていた――。
「あ、あのさ! 俺!」
思わず手を取ってしまった俺は、戸惑いながら声をかける。
その状況は、奇しくもあの漫画の駅でのシーンと重なってしまう――。
――いや、違うな。あのシーンに引っ張られてるだけなのかもな。
我ながら影響されすぎだろと、自分で自分に笑ってしまう。
でも、こうしてしまったからにはもう、後には引く事は出来ない。
「……健斗、くん?」
急に手を取ってしまった俺に、驚いた様子の有栖川さん。
その頬は、やっぱり真っ赤に染まって見えた。
「その、えっと、俺は――」
本当はもっと、こういうのは慎重にいくべきなんだと思う。
でも初めてだから、そんな自分に百点の答えなんて出せるはずもない。
というか、こんなキッカケでもない限り、俺にはきっと無理だから――。
だから――、
「……俺は、れーちゃん……いや、有栖川玲さんの事が、好きです」
我ながら、何て下手くそなんだろうと思う。
もっと、上手い言い方があっただろう。
……でも、それでもこれが、今の俺の精一杯だった。
今日一日一緒にいて――ううん、違うな。
これまでずっと有栖川さんと一緒にいて、日に日に膨れ上がり、強くなったこの想い。
やっぱりもう、ちゃんと有栖川さんに対して、この気持ちを伝えずにはいられなくなってしまっている自分がいた。
――今の距離ではなく、もっと近付きたいと、本気でそう願ってしまう自分がいるのであった。
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