第49話「オススメ」
「あ、そうだ! 私、健斗くんに見せたいものがあるんです!」
そう言って、何かを思い出した有栖川さんは持ってきた鞄の中から三冊の本を取り出すと、当たり前のようにまた俺の隣に腰掛ける。
「……その、私も実は色々漫画について調べてまして、気になる作品を買ってみたのです」
「ああ、成る程」
「そ、それでですね? これ、凄く面白かったので、良かったら健斗くんにも読んで貰えたらなぁと思いまして……」
そう言って、恥ずかしそうにその本を差し出してくる有栖川さん。
その本のタイトルは、俺もまだ読んだ事の無いものだった。
だから俺は、元々漫画が大好きだし、それに何より有栖川さんから逆にオススメしてくれるその作品に興味しかなかったため、有難うとその漫画を受け取ると早速読んでみる事にした。
その漫画は、少女漫画だった。
内容は恋愛モノで、とにかく男の子からモテる女の子だけれど、その子自身は一人のクラスメイトの男の子に恋をしているという内容のものだった。
人から言い寄られる事は沢山あっても、自分から誰かにアプローチする事が上手く出来ない女の子が、色々苦悩しながらもその男の子と徐々に距離を埋めて行くという話は、これといった意外性こそ少ないものの、読んでいて二人の事を応援したくなる良い物語であった。
だから俺は、序盤から一気にその世界に引き込まれると、気が付くとあっという間に全巻読み終えてしまっていた。
「あ、もう読んだんですね早いです!」
「ああ、うん。普段から読んでるからね」
「……そ、それで、あの、どうだったでしょうか……?」
どうだったとは、勿論今読んだこの漫画の感想を聞いているのだろう。
だから俺は、素直に感想を伝える事にした。
「うん、凄く面白かったよ。何て言うか、美少女には美少女なりの苦悩とかあるんだなぁって」
そう笑って答えたところで、俺ははっとする。
今そんな言葉を向けた有栖川さんこそ、この漫画のヒロインと同じくこれまで色々苦悩を抱えてきた張本人だったのだ。
だからそんな相手に、さっきの言い方は少し無神経だったかなと思い直しても、言葉にしてしまったものはどうにもならなかった。
そんな俺の様子に気が付いている有栖川さんは、少し困り顔でハハハと笑う。
「そうですね、この漫画は何て言いますか、ちょっとシンパシーみたいなもの感じまして」
有栖川さんのその言葉に、俺は確かにと納得する。
言われた通り、同じ美少女な事以外にもこの女の子は有栖川さんなんじゃないだろうかと思えるシーンは多々あったのだ。
「それに、ですね……相手の男の子も、その……健斗くんにちょっと似てる気がしまして」
「……えっ?」
「ほら、あんまり周りと馴れ合わないところとか、割と普段は静かな所とか……」
そう言われてみると、そんな気がしないでも無かった。
勿論漫画のキャラのようにカッコ良くはないのだが、その性格とか考え方は近いものを感じなくもない。
でも、つまりそれって、まるでこの物語の男女が――――、
「――だからですね、何だか私達に少し似てるなぁって思いまして」
はにかみながら言った有栖川さんのその言葉は、たった今俺が思った事と同じ言葉だった――。
だから俺も、ほんのりと頬を赤らめながら俺の返事を待つ有栖川さんに返事をする。
「――うん、正直俺もそう感じてた」
そんな俺の言葉が嬉しかったのか、ふんわりと微笑む有栖川さん。
それから、有栖川さんは何か思いついたようにその両手をパンと合わせると、一つの提案をしてきた。
「ねぇ健斗くんっ! でしたらこれから、この漫画と同じ事してみませんか?」
「えっ?」
「二人でショッピングモールに行ってから、映画に行くシーンがあるじゃないですか!」
確かに、終盤にそのシーンはあった。
というか、それこそがこの漫画の一番の山場と言えるシーンだ。
色々あって距離の近付いた二人が、初めて二人きりで出かける事になったのがショッピングモールだった。
ぎこちないながらも、二人は一緒にデートをする中で段々普段通りの感じで話せるように打ち解けて行き、買い物を楽しんだ最後に二人は一緒に映画を観る事にしたのだ。
その映画は恋愛モノで、せっかく自然と打ち解けた二人だけどその内容のせいで再び互いを意識してしまう。
そして、そんなデートを終えた二人は、名残惜しさを感じつつも駅で別れて帰ろうとする。
――しかしその時、突然男の子が帰ろうとする女の子の手を取る。
そして、驚く女の子に向かっていきなり男の子の方から告白してくるという驚きの展開に、俺はさっき読みながら一番ドキドキしたシーンだった。
だからそのシーンが好きなのは分かるし、同じく出かけてみたいという気持ちも分かると言えば分かる。
けれど、その先に待っている告白のシーンについて、有栖川さんは何を思っているのだろうか……。
ワクワクとした様子で微笑んでいる有栖川さんからは、残念ながらその意図は読み取れない。
それでも、そんなに楽しみそうにしている有栖川さんのお願いを、俺は断る事なんて出来るはずもなかった。
「――いいよ、じゃあ行こうか」
「本当ですか!? やった!」
俺がオーケーと返事をすると、嬉しそうに無邪気に喜ぶ有栖川さん。
その姿はやっぱり可憐で、自分なんかでは遠く手が届かないと思える程ただただ美しかった。
こうして俺達は、有栖川さんの真意を計り兼ねつつも、急遽駅前のショッピングモールへと向かう事になったのであった。
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