第47話「驚きの理由」

「い、いきなりごめんっ!」


 角を曲がり、確実に二人から見えなくなった所で慌てて繋いだ手を離す。

 咄嗟の判断だったとは言え、我ながら思い切った行動に出てしまった事が今更になって急激に恥ずかしくなってくる。


 ――しかも俺、有栖川さんのこと名前で呼んでたよな……うわぁ……


 恥ずかしさで死にたくなってくる……。

 穴があったら入りたいとはまさにこの事だろう……。


 しかし、このまま何も無かった事になど当然ならないため、俺は恐る恐る後ろに立つ有栖川さんの様子を伺う。




 するとそこには、何故か俯く有栖川さんの姿があった――。




 ――えっ?


 俺はそんな予想外の状況に、頭の中がパニック状態になってしまう。

 てっきり俺は、有栖川さんも俺の意図を汲み取ってくれたものだとばかり思っていたから、こんな反応をされるとは思いもしなかったのだ。


 じゃあ、どういう反応だったら正解なのかもよく分からないけれど、俺ではなく有栖川さんの方が恥ずかしがっているようなその様子に、俺はどうしていいのか分からなくなってしまう。



「え、えっと、有栖川、さん?」

「……」


 問いかけるが、返事は返ってこない。

 そしてその様子に、俺はようやく気付いてしまう。


 ――あ、これ恥ずかしがってるんじゃなくて怒っているのでは……?


 何を都合の良いように捉えてるんだと、先程の自分の甘い考えが恥ずかしくなってくる。

 そしてこの場をどうしたらいいのかについて、俺は慌てて考えを巡らすものの中々良い答えが思い浮かんでは来ないのであった。



「……ビックリしちゃいました」

「……えっ?」

「一色くんが、急に名前で呼んで手を引っ張るので……」


 俯いていた顔を上げる有栖川さんの頬は、ほんのりと赤く染まっていた。

 そんな、少し困り顔で微笑む有栖川さんの姿に、どうやら怒っていたわけでは無さそうな事に俺はほっと胸を撫で下ろす。



「……ご、ごめん」

「い、いえ! あ、あの場を切り抜けるためですもんね! 分かってます!」

「も、勿論!」


 そしてちゃんと意図が伝わっていた事に、ほっと一息つく。

 もしそれが伝わっていないのであれば、有栖川さんからしたらきっとヤバイ奴に思えたに違いないだろうと思うと、本当に良かったとしみじみ思う……。



「でも、なんと申しますか……」


 そんな、安堵に安堵を重ねている俺に向かって、有栖川さんがゆっくり話を切り出す。

 恥ずかしそうに微笑みながら話す有栖川さんの姿に、一体俺は何を言われるのだろうかと言葉の続きを待つ――。





「……漫画の読みすぎでしょうか、ドキッとしちゃいました」




 え――?


 有栖川さんから発せられたその言葉に、俺の思考が追い付かなくなる――。


 そして、そんな情けなくも固まってしまう俺に向かって、有栖川さんは言葉を続ける。



「一色くんに手を引っ張られてる時、まるで自分が漫画の中のヒロインになったような気持ちになってしまったんですよね、えへへ」


 言ってから恥ずかしくなったのだろう。

 視線を逸らし、両手で口元を包み込みながら微笑む有栖川さんの姿に、俺の心臓は大きく一回高鳴る――。



「……それは、どうしてかな?」

「どうして、なんでしょうね……、自分でもよく分からないんです」


 そうか、よく分からないか……。

 有栖川さんの様子から察するに、きっとそれは真実なのだろう。

 だから俺は、少しだけそれが寂しく感じられてしまう。


 ――それがもし、俺に寄せられている好意だったら……


 そんな願望を抱いてしまうぐらい、有栖川さんにとって自分という存在がどんな存在なのか気になってしまう。



「……でも、嬉しかったです」

「……えっ?」

「その……さっきの一色くんは、かっこよかったので……」


 かっこよかった――?


 有栖川さんの口から飛び出したその思わぬ言葉に、俺はまたしても思考が停止してしまう――。


 でもそれは、言葉通りそういう事で良いんだよな? という実感が、じわじわと込み上げてくる。

 そして、自分は有栖川さんにとって少なくとも好意的に捉えて貰っているのだという実感は、すぐに喜びへと置換されていく。


 だから俺は、そんな喜びに後押しされながら有栖川さんにもう一歩踏み込んでみる。



「えっと……、有栖川さんはこれまでずっと一人で何とかしてきた事とかあると思うんだけど、その……これからは、俺も一緒にいるから」


 だから、有栖川さんはもう一人じゃないよ。

 そう伝えたくて気持ちを言葉にしてみたものの、自分の言い回しの下手さに嫌気が差す。


 それでも有栖川さんは、そんな俺の拙い言葉でもちゃんと伝わったのか喜んでくれていた。


 そして、




「はいっ! 頼りにしてますね! 健斗くんっ!」



 ふんわりと嬉しそうに、満面の笑みを浮かべる有栖川さんのその姿は、間違いなく天使そのものなのであった――。


 そして、初めて有栖川さんから下の名前で呼ばれた俺はというと、もう言葉では言い表せない喜びで胸がいっぱいになってしまったのであった――。


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