第22話「家」

 こうして無事に漫画を貸した俺は、今日も下まで有栖川さんを見送る。


 そんな光景を、リビングからコッソリ覗いている母さんと瑞樹については、あとでしっかりと文句を言うとしよう。



「じゃあ、今日はありがとうございました」

「うん、また明日」


 こうして見送ると、ペコリと頭を下げて玄関の扉を開けると、そのまま出て行く有栖川さん。

 しかし、開かれた玄関から見える外の景色は真っ暗で、今がもう夜遅い事を思い出す。


 だから俺は、慌てて帰ろうとする有栖川さんを引き留めた。



「ちょっと待って、もう夜も遅いから近くまで送って行くよ」


 こんな夜中に、有栖川さんみたいな女の子を一人帰すわけにはいかなかった。

 何普通にここでさよならしようとしてるんだよ馬鹿って話だ。


 そんな俺に対して、母さんと瑞樹は二人して親指を立ててグッジョブと伝えてくれているのだが、それでもあとで文句を言う事には変わりない。



「え……でも、悪いですし……」

「いや、正直こんな時間に有栖川さん一人帰す方が気になっちゃうから」

「そ、そうですか……じゃあ、お願いします」


 嬉しそうに頷く有栖川さん。

 こうして俺は、有栖川さんを家の近くまで送って行く事になった。



 再び一緒に夜道を並んで歩く。

 心なしか、隣の有栖川さんは嬉しそうにしている気がした。


 何故それが分かるのかと言えば、それは俺も同じだからだ。

 またこうして一緒に歩けていることが、嬉しく感じてしまっている自分がいるのであった。



「カラオケも出来たし、漫画も借りられたし、私は今とても満たされています」

「良かったね」

「はい、本当に一色くんと知り合えて良かったです」

「俺も、有栖川さんと話せるようになって良かったよ」

「うふふ、嬉しいです」


 ああ、こんな時間がずっと続いたらいいのにと思ってしまう。

 有栖川さんと言えば、学校一の美少女で、『難攻不落の美少女』だなんて呼ばれる程のクールな女の子。

 最初はそんな有栖川さんに対して、俺は会話をする事自体烏滸がましいとすら思っていた。


 けれど、あの日ひょんなキッカケからこうして話すようになってみると、有栖川さんは俺の抱いていた印象とは全く異なる女の子だったのだ。


 そして今では、こうして二人で話をしながら一緒に歩ける程度には打ち解ける事だって出来ている。

 そう変化してきている事が、何だか純粋に嬉しかった。



「あ、そこの角を曲がった先が私の家です」


 そして暫く歩いていると、有栖川さんが先の曲がり角を指さす。

 どうやらここを曲がった先に、有栖川さんの家があるらしい。


 ――ん、でもここなら俺と同じ学区だぞ?


 そう、その角を曲がった先に有栖川さんの家があるのだとしたら、この辺一帯は全然うちの中学の学区内なのだ。

 でも当然、有栖川さんは同じ中学の出身ではない。


 その事に気付いた俺は、今なら聞いてもいいかなと思い質問してみる事にした。



「この辺は同じ中学の学区なんだけど、有栖川さんはこの街に引っ越してきたの?」

「はい、そうですよ。ちょっと色々ありまして、今はおばあちゃんの家に住んでます」


 ああ、成る程。

 まぁその色々が凄く気になるところだけど、とりあえず今はおばあちゃんの家に住んでいると。


 そして、有栖川さんの言った角を曲がると、すぐに一軒の立派な日本家屋が目に飛び込んできた。



「ここが、今住んでいるおばあちゃん家です」


 そして案の定、その立派な日本家屋が有栖川さんの暮らす家だったのであった。


 うちの敷地の二倍以上はあるその平屋建ては、見るからにお金持ちの住む家という感じだった。



「立派な家だね……」

「そうですね、過ごしやすいですよ」


 そりゃ、そうでしょうね。

 これだけ広ければ、さっきみたいにすぐに物音とかで家族に気付かれたりする事も無さそうだな。



「あ、というか結構時間遅くなっちゃったけど、おばあちゃん心配してないかな?」

「大丈夫ですよ、メッセージ送ってあるので」


 あ、そうなんだ。スマホ使いこなしてるなんて、凄いな有栖川さんのおばあちゃん。


 まぁなにはともあれ、無事に有栖川さんを家まで送る事が出来た俺は、もう遅いし帰る事にした。



「じゃあ、ここまでこれば大丈夫だよね? 俺は戻るよ、また明日」

「あっ! ま、待ってください!」


 家の真ん前で有栖川さんに立ち話をさせているのも申し訳ないし、とりあえずすぐに帰ろうとしたのだが何故か引き留められてしまう。

 一体何だろうと思っていると、何やらあわあわと言葉に詰まってしまっている様子の有栖川さん。



「有栖川さん?」

「あ、その、えっと――そう、おばあちゃん! おばあちゃんに会って行って下さい!」


 それだけ言うと、有栖川さんは慌てて俺に有無を言わせず家の中へと入って行ってしまった。

 こうなっては、俺もここで待っていないわけにはいかなかった。


 そして数分後、再び玄関が開けられると、有栖川さんの隣にはとても上品な着物を着た白髪の女性が立っていた。



「こちらが、おばあちゃんです!」

「これはどうも、いつも玲がお世話になっております」


 え、今なんて?

 えっと、この大人の女性が――有栖川さんのおばあちゃん!?


 訳が分からなくなりつつも、一先ず俺も慌てて頭を下げる。



「あ、もしかして一色くん、今おばあちゃんに見えないって思ってます?」

「あ、ああ、お母さんって言われても信じちゃうかも……」

「あら、嬉しい事言ってくれるわね」


 俺が素直に答えると、上品に笑い出す有栖川さんのおばあちゃん。

 もしかして、これが世に言う美魔女ってやつなのだろうか――。



「あのね一色くん。おばあちゃんはね――」


 そして、年齢でも説明しようとしてくれたのだろうか。

 有栖川さんがそこまで言いかけたところで、事件は起きる――。







「キャンキャンキャンキャン!!」

「うぇっびぃ!?」





 部屋の奥から、有栖川さん家のポメラニアンが俺目がけて飛び出してきたのであった。



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