第21話「天使or女神?」
それから有栖川さんと他愛の無い話をしながら暫く歩き続けていると、早いものであっという間に家へと着いてしまった。
有栖川さんと二人きりで会話をしながら歩いた時間は楽しくて、そして何だかとても幸せな気分だった。
だから、これでもう終わらなければならない事に、俺は少しの寂しさを覚えてしまう――。
「――あっ、着いちゃいましたね」
そしてそれは、有栖川さんも同じ気持ちだったのだろうか、少し残念そうに微笑んでいた。
「まぁ、これから漫画選ぶでしょ? あがって」
ただ、別にここでバイバイするわけじゃないのだ。
これから有栖川さんに漫画を貸すというイベントもあるため、まだ終わりじゃない。
そう思い、俺は玄関を開けると今日は母さんに一声かける。
「ただいまー! 母さん、今日も有栖川さんに漫画貸すから、ちょっとだけ上がって貰うよ」
そう俺が声をかけると、リビングから母さんは慌てて飛び出してきた。
「あ、あら! まぁまぁ! 昨日はごめんなさいね、いつも健斗がお世話になっております! 汚い部屋で申し訳ありませんが、ゆっくりしていって頂戴ね」
そして昨日とは異なり、一応ちゃんとした格好で有栖川さんを持て成そうとする母さん。
しかし俺は、小声で「やっぱり天使だわ……」と呟いたのを聞き逃さなかった。
「何? どうしたのお母さん」
そして、そんな様子のおかしい母さんにつられて妹の
瑞樹は現在高校一年なのだが、高校は違うため有栖川さんの存在は知らない。
だから、昨日の母さん同様完全に油断してリビングから出てきた瑞樹は、玄関に立つ有栖川さんの姿を見ると、石のように固まってしまっていた。
「お、お兄――そ、そこにいるのは、もしかしてか、彼女?」
「ばっ! 違うよ! 同じクラスの有栖川さんだよ! ちょっと漫画を貸すから家に寄って貰ったんだよ」
「そ、そうだよね……女神様かな……」
そして、これまた母さん同様瑞樹はとんでもない勘違いをするため、俺は慌てて訂正した。
母さんが天使なら瑞樹は女神とか言い出すし、もうここに居ては埒が明かないため俺はさっさと目的を済ませるべく自室へと向かう事にした。
後ろを振り向くと、頬を赤らめながら「見えるのかな……」と一人呟いている有栖川さんの姿があったが、もう俺では手に負えないため一度全ての思考をすっ飛ばして有栖川さんを連れて自室へと向かう事にした。
こうしてようやく自室へとやってきた俺は、無駄に疲れてしまった事で一度大きく溜め息をついた。
「ごめんね有栖川さん。妹が変な事言って」
「いえ、その、大丈夫ですよ!」
俺が謝ると、有栖川さんは両手をブンブンと振りながら慌てて大丈夫だと言ってくれた。
そんなに慌てなくてもと思わなくも無いが、不愉快に思われてるとかそういうのは無さそうで安心した。
「じゃ、じゃあえっと、そっちの棚にラブコメを固めてるから、気になるのがあれば」
「あ、はい! そうですねっ! 見させて頂きますっ!!」
そう言って、何故か慌てて敬礼する有栖川さん。
その謎な反応につい笑ってしまいそうになりつつも、とりあえず有栖川さんに漫画を選んで貰う事にした。
まぁ正直ここにあるのはどれも面白いから、表紙が気になったのとかでも全然良いと思っていると、有栖川さんは一つの漫画を手にするとどうやらそれが少し気になっている様子だった。
「一色くん、これってどんなお話なんですか?」
「ああ、それは学年で一番の美少女が、隣の席の主人公とするラブコメで――」
そこまで言って、俺はドキッとしてしまう。
何故なら、それってそのまま俺と有栖川さんに置き換えれなくもないからだ。
いや、現実はそんな事なんてないのだ。
俺はたまたま隣の席なだけで、決して主人公属性ではない平凡な高校生で――いや、創作の世界の主人公も大体平凡とか陰キャだっけ。
で、でも違うのだ! 現実はそんなに甘くなどない!
ヒロイン属性を山盛りしたような有栖川さんが自室にいる状況で言う事じゃないかもしれないが、とにかく違うと言えば違うのだ!
だから俺は、そのラブコメを自分が貸して有栖川さんに読まれるという事が恥ずかしくなってしまい、慌てて違う作品をオススメする。
「あ、そうだ! それも悪くはないんだけど、こっちの方が面白いと思うよ! こっちもヒロインがポンコツでさ――」
「いえ、私これがいいです」
「え?」
「私、この漫画が読んでみたいです」
少し頬を赤らめながら、どうやら譲るつもりは無い様子の有栖川さん。
「どうしてって、聞いてもいいかな……?」
だから俺は、思わずそんな質問をしてしまう――。
どうして有栖川さんは、そんなにその漫画が読みたいのか――。
「――秘密です」
「え、秘密……?」
「はい、秘密です!」
恥ずかしそうに微笑みながら、その漫画を大切そうに胸に抱く有栖川さん。
そんな有栖川さんの姿に、まるでその手にしたラブコメの主人公と同じようにドキドキしてしまっている自分がいるのであった――。
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