第20話「気持ち」

「あたし駅こっちだから、今日はありがとね楽しかったよ!」


 カラオケを二時間きっちり楽しんで店を出ると、橘さんはそう言って一人去って行ってしまった。

 ちなみに帰り際、俺達三人は連絡先を交換し合いグループチャットを作っている。

 これからは何かあればここを使っていこうという橘さんの提案により作成したのだが、初めてのグループチャットに有栖川さんはその目をキラキラとさせながら喜んでいた。


 こうして残された俺達二人は、家の方角も同じなため一緒に帰る事にした。

 家まではそれなりに距離はあるのだが、既に日は落ちているし大丈夫でしょ? という橘さんの意見に従い、俺達二人だけで帰る事となった。


 正直、行きの時の警戒レベルに比べて帰りは随分軽いなとは思ったが、もう時間も遅いし橘さんを付き合わせるのも申し訳なかったから、こればっかりは仕方ないだろう。


 そんなわけで、俺は有栖川さんと三十分以上はかかるであろう道のりを一緒に歩いて帰る事になった。

 しかし、思えば有栖川さんと二人きりで一緒に歩くのなんてこれが初めてで、俺はそれだけでもうドキドキしてしまっているのであった。



「一色くん、今日はありがとうございました。すっごく楽しかったです」

「ああ、うん。俺も楽しかったよ」


 楽しそうに微笑みながら、隣を歩く有栖川さん。

 カラオケでは少し様子がおかしかったところもあったが、どうやらそれももう無いようでいつも通りの有栖川さんに安心した。



「橘さんって凄いですよね。きっと私、橘さんがいなければこんな風に楽しむ事も無かったと思います」

「それは……うん、俺もそう思う」


 今日は二人揃って橘さんにおんぶに抱っこだった事に、一緒に笑い合う。

 本当に、橘さんが居なければ有栖川さんと今日みたいに楽しむ事なんて多分無かっただろう。



「でも、不思議なんですよね。――どうして私、すっごく楽しかったのにたまにモヤモヤっていうか、悲しい気持ちになってしまったんだろう」

「え?」


 夜空を見上げながら、カラオケで様子がおかしくなっていた時の話をし出す有栖川さん。

 俺はてっきりこのまま流れる話だとばかり思っていたから、まさか有栖川さんの方からその事に触れてきた事に驚いてしまう。



「何故でしょう、橘さんと一色くんが一緒に歩いてたり、楽しそうにやり取りしている所を見たくない自分がいて……本当何なんですかね、二人とも大好きなはずなのに、嫌な子になってしまう自分も居たんです……」


 自虐的な微笑みながら、その時の自分の気持ちを素直に話してくれた有栖川さん。

 そして、そんな有栖川さんの話に俺はどう答えていいのか分からなかった。


 ――俺と橘さんが仲良くしているのを見たくない? 何故……?


 今日は、これから三人仲を深めましょうという集まりだ。

 だから当然、俺と橘さんだって話をする。



「今思うとですね、きっとあの時の私は橘さんに一色くんを取られちゃった気分になってたんだと思います。私なんかより綺麗でお話も面白い橘さんですから、そのうち一色くんも私なんかより橘さんと仲良くしたくなるんじゃないかなって……」


 駄目だな、私……と、また自虐的な笑みを浮かべる有栖川さん。

 そんな有栖川さんの姿を見て、俺は物凄く居たたまれない気持ちになってしまう。


 俺から有栖川さんの側を離れて行くつもりなんか無いし、それに今日は有栖川さんに楽しんで貰う為にカラオケだって行ったのだ。

 それなのに、有栖川さんをこんな顔にさせてしまっているという事が、俺は自分で自分が許せなかった。


 だから俺は、それが正解かどうかは残念ながら分からないけれど、まずは自分もしっかりと思っている事を有栖川さんに伝える事にした。



「確かに、橘さんと話しているのは楽しいし、俺から見ても綺麗な子だと思うよ。――でも、それは有栖川さんだって同じだよ。だから俺は、有栖川さんが必要としてくれるならこれからも仲良くしたいって思ってる」

「一色くん……ありがとう……」


 そんな俺の思いを聞いた有栖川さんは、少し頬を赤らめながら嬉しそうに微笑み、そして下を俯いた。

 俺の思いが伝わったのだろうか、もう有栖川さんが自虐的な笑みを浮かべていない事に一先ずほっとした。

 俺はそんな悲しそうな有栖川さんより、いつもみたいに一生懸命で時にポンコツを発揮する有栖川さんの方が好きだから。



「その、さ。俺が言うのもあれなんだけど、有栖川さんには有栖川さんにしかない魅力がちゃんとあるから大丈夫だよ」

「そ、そうですか……あの、一色くん。ちなみにその魅力って、何ですか?」


 照れる有栖川さんは、恥ずかしそうに俺の言う魅力とは何かを聞いて来た。

 そして俺も言ってはみたものの、いざ聞かれてしまうと何て答えればいいのか分からず焦り出す。


 普段は無表情でクールな感じなのに、実はいつも一生懸命で、時に天然だったりポンコツを発揮しながら嬉しそうに微笑むところだよ――なんて、本人に向かって言えるはずも無かった。


 だから俺は、困りながらも有栖川さんの方を振り向く。

 そして、隣を歩く有栖川さんの姿を見ながら、もう成るように成れと思ったままを口にする――。





「えっと、その……綺麗なところ、かな……」

「き、綺麗、ですか……それって、私の容姿がって事でしょうか?」

「うん、容姿も勿論だけどさ。――俺はその、有栖川さんの内面も綺麗だと思うよ」




 俺は思っているままを言葉にした。

 しかし当然、そんなたった今自分の口から出てしまったキザなセリフに、何言っちゃってるんだ自分と急激に恥ずかしさが込み上げてくる。


 駄目だ、自分で自分が気持ち悪くなってくる……。

 しかも相手は有栖川さんだというのに、マジで何言っちゃってるんだよ俺と変な汗が噴き出してくる。



「嬉しいな……」

「え?」

「あ、いえ、何でも無いです! ――ねぇ一色くん! えへへ、お褒め頂きありがとうございますっ!」


 俺の前に回り込んだ有栖川さんは、そう言って俺に向かって満面の笑みを向けてくれた。

 そんな有栖川さんの姿に、俺は恥ずかしくなってきっと茹蛸のように顔が真っ赤になってしまっているのが分かった。



「あ、そうだ一色くん! 帰りにまた漫画をお借りしてもいいでしょうか?」

「ああ、そうだったね。いいよ」

「じゃあまた、お部屋に上がって選んでもいいですか?」

「うん、別にいいけど……」

「えへへ、やった!」


 しかし、新しい漫画を読める事が余程嬉しかったのか、嬉しそうに微笑む有栖川さんを見ていたら自然と俺まで笑みが零れてしまうのであった。


 こうして俺は、帰るついでにまた有栖川さんに漫画を貸す事になったのであった。



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