第19話「カラオケ」

 こうして、俺達は三人でカラオケへとやってきた。


 道中誰に見られているかも分からないため、俺は今ここに橘さんのツレとしているんだよという事を全力でアピールしておいた。


 しかし、カラオケルームに入ってしまえば一安心。

 人目を気にしなくなってよくなった俺は、ほっと一息つきながら長椅子に腰掛けた。


 しかし、ここでもそんな俺にくっつくように橘さんは隣に座ってくる。

 部屋に入り空間が密閉されているせいだろうか、橘さんから香る柑橘系の甘い良い香りが鼻を擽る。



「この扉透けて見えるし、店員にうちの学校のバイトがいるかもしれないから、一応ね」


 成る程、流石は橘さんだな。俺では全然思いつかなかった。

 こうして俺と橘さんが並んで座り、テーブルを挟んで向こう側に有栖川さんが座るという形で俺達は着席した。

 何だか逆というか、俺が一人でも良かったんじゃないかと思わなくもないが、俺が橘さんのツレだとアピールするのならば今の方が確かに良いのかもしれない。



「何歌おうか!」


 そして橘さんは、慣れた手つきでデンモクを手にすると曲を探す。



「ここがカラオケ……なんだか凄いです……」


 そして有栖川さんは有栖川さんで、ここへ来てからずっとカラオケの環境に感心していた。


 そんな三者三葉な俺達だが、カラオケで仲を深めようの会がこうして開始される事になったのであった。



 ◇



 橘さんが歌い、そんな橘さんにお尻を叩かれ渋々俺も歌い、そして橘さんが一緒にサポートしながら有栖川さんとデュエットする事で全員が歌を歌った。

 これ多分、橘さんが一緒じゃなかったらきっと一曲も歌わずに帰っていた気がする……。


 やっぱり陽キャって凄いなと思いつつ、俺は苦手なはずだったカラオケを今日はそれなりに楽しめている事に気付いた。

 それはきっと、リードしてくれる橘さんのおかげであり、それから有栖川さんが一緒にいてくれてるおかげだろう。


 橘さんの歌が上手いのは勿論、有栖川さんも持ち前の可愛らしい声をしている事も相まって、その歌声は耳が幸せになる程素敵な歌声だった。


 まぁ俺の歌唱力は、察して欲しい……。


 そんなこんなで、最初は不安しか無かったがなんやかんや楽しく三人仲を深める事が出来ているのであった。



「ってか一色くんってさ、意外と面白い性格してるよね」

「いや、それ普通に言い方悪いから」

「確かに! ってかそれ! そのツッコミのキレが良い!」


 そう言って、面白そうに笑い出す橘さん。

 そんな愉快な橘さんが一緒に居てくれるから、この場はやっぱり成り立っているのであった。



「ごめん、私ジュース取ってくるね」


 すると、立ち上がった有栖川さんはそう言ってジュースを取りに部屋から出て行ってしまった。

 何となく気になった俺は、自分のジュースを飲み干すと立ち上がる。



「ごめん橘さん。俺もジュース取ってくるよ」

「――うん、行ってあげて」


 橘さんも、有栖川さんの些細な変化に気付いてはいたのだろう。

 さっきまで笑っていたのに、俺を激励するような顔をしながら背中を叩いて見送ってくれた。


 そしてドリンクバーの場所へと向かうと、そこにはドリンクバーの機械の前で一人立っている有栖川さんの姿があった。

 手にしたグラスにはまだジュースは入っておらず、その様子から暫くそこに立ち尽くしていた事が伺えた。



「有栖川さん? ジュース入れないの?」

「あっ! 一色くん! ご、ごめんなさい今入れますね、あはは」


 俺が声をかけると、そう言って慌ててジュールを入れる有栖川さん。

 しかし、今のやり取りでもやっぱり様子がおかしかった。



「有栖川さん? 何かあった?」


 俺がそう問いかけると、有栖川さんは困ったように微笑む。



「――それが、自分でも分からないんです。すっごく楽しいんですけど、何なんでしょうね」


 そして、困ったようにそんな言葉を漏らす。

 どうやら自分でも、何で自分がそうなってしまっているのかよく分かっていないようだった。


 確かに、さっきまでは有栖川さんも普通にカラオケを楽しんでいたのだ。



「えっと、とりあえず俺もすぐジュース入れるからさ、一緒に戻ろうか」

「はい……」


 こうして急いでジュースを入れた俺は、有栖川さんと一緒に部屋へと戻った。


 そしてカラオケルームの扉を開けると、そこには椅子で横になりながらスマホをいじる橘さんの姿があった。



「おっそいよ二人ともー。私疲れたから横になってるよー」

「いや、それは悪かったけどさ、それだと俺の座るスペースが……」

「ん? だったら一色くんそっち座れば良くない?」


 確かにそうだった。

 これまでうちの学校のバイトらしき人もいないようだし、まぁこれなら俺が隣に座っても大丈夫だろう。



「ごめん有栖川さん、隣いいかな?」

「は、はいっ! どうぞ!」


 こうして俺は、学校のみならずカラオケでも有栖川さんの隣に座った。

 しかし学校とは違い、カラオケの長椅子の隣だ。

 全然有栖川さんとの距離感が学校とは違う事に、俺はついドキドキしてしまう。



「えっと、なんか歌う?」

「あ、でしたらその――私、一色くんとデュエットしてみたいなって」


 場を紛らわすため俺が声をかけると、有栖川さんはなんと一緒にデュエットをしたいと言ってきた。

 恥ずかしそうにしつつも、楽しそうに微笑む有栖川さんのそんなお願いに、俺はもうノーとは言えなかった。



「うん、いいよ」

「本当ですかっ! じゃあじゃあ、この曲知ってますか?」

「ああ、それなら一応」


 こうして俺達は、お互いの知っている曲を見つけると一緒にデュエットする事になった。

 それから真横で歌う有栖川さんの姿にドキドキしながらも、何とか俺は歌い終える事が出来た。


 そして歌い終えたあと、嬉しそうにこちら振り返る有栖川さん。

 しかし、歌っているうちに互いの距離が思ったより近づいてしまっていたようで、有栖川さんの顔が至近距離で向けられる――。


 その状況に、俺のドキドキはもはやピーク寸前まで高まってしまう――。



「へーい! 二人ともナイスデュエットー!」


 しかし、寝転んだ橘さんからのそんな謎の野次に、俺も有栖川さんも吹き出すように笑ってしまい、おかげで何とか持ち直す事が出来たのであった。



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