第18話「決断」

「それで、そろそろどこに向かっているのか教えて貰ってもいいかな?」


 橘さんと有栖川さん、二人の美少女の隣を歩きながら俺は問いかける。

 既に学校から離れ、この街の中心街へと向かって歩いている事だけは分かった。



「ああ、言ってなかったっけ。仲を深めるって言ったら、やっぱカラオケっしょ?」


 すると、そんな事を橘さんはさも当然のように言ってきた。

 そうだった、橘さんは本当に良い人だとは思うけれど、その生き方は陽キャそのものだったのだ。


 しかし、誰しもカラオケへ行っておけばいいというわけではない事は是非知っておいて頂きたいものだ。

 例えば俺みたいなやつは、歌はそんなに得意でも無ければ盛り上がるのも苦手なのだ。


 だから、必ずしもカラオケが最適解だとは限らないという点をしっかり――ん? ってか、え?


 この三人で、カラオケ?


 いやいやいや、不味いでしょ! どう考えても俺だけ場違い過ぎませんか!?


 ようやく事の本質に気が付いた俺は、それはもう見事に焦ってしまう。



「いや、俺も一緒ってのはちょっと」

「え? 問題無くない? ねぇ有栖川さん」

「はい、私カラオケって初めてなので、一色くんも一緒に居てくれた方が安心しますね」


 いやいやいや、何有栖川さんも普通にそっち側についちゃってるの!?


 俺達みたいな人種は、ベースそういうのが苦手な……いや、違うか。

 有栖川さんの顔を見れば分かる。今のこの状況を心から楽しんでいるという事が。


 カラオケへ行った事も無ければ、恐らくこんな風に学校終わりに出掛けるなんて事もこれまで無かったはずだから――。


 でもごめん、それでもやっぱり考えるべきだと思う。



「それでも、なんて言うか身の程はちゃんと分かったうえで言うけどさ、女の子二人の中に俺が混ざるのはやっぱり不味くないか? それに、有栖川さんが男と一緒にいる所を誰かに見られるっていうのも……」

「あー、それはあたしだってちゃんと考えてるさね。さっきから私が一色くんの隣にいるの気付いてた? 要するに、一色くんはあたしのツレだって周りに認識して貰えばいいわけ」


 何となくそんな気はしていたが、成る程そこまで考えての行動だったのか。

 いや、本当にさっきからやたら近いなとかそういうのは断じて思ってなどいない。



「そ、それだと俺なんかが、その、橘さんと……」

「付き合ってるって思われるかもって? あはは、まぁその時はその時っしょ!」


 恐れ多いがどうしても気になってしまった俺の心配事を、橘さんは察したうえでその時考えれば良いと笑った。

 そして、そんな会話を隣で聞いている有栖川さんは、それまで楽しそうに俺達との会話を聞いていたのだが、一瞬目を見開いていたような気がした。



「そんな事よりさ、あれこれ心配して辞める理由を考えるんじゃなくて、今大事なのは有栖川さんとのこれからの事でしょ? 三人で仲を深めたい、そして有栖川さんもカラオケに行ってみたい。そこに何か問題ある? ほら、分かったら諦めて行くよ!」


 そう言って、また俺の背中をバシバシと叩いてくる橘さん。


 確かに、橘さんの言う通りだった。

 俺は無理な理由ばかり並べて、この会の目的である三人の仲を深めるという主題を忘れていた。

 これはきっと、今後の有栖川さんの学校生活においても大事な集まりなのだ。


 そのうえで、まずは女の子二人だけで仲を深めるという選択でも全然いいとは思う。

 けれど、こうして一緒に誘われたうえで俺だけ断って帰るというのは、客観的に見て水を差す行為とも言えた。


 だから俺は、覚悟を決めてオッケーする事にした。

 たしかに、橘さんの言う通り俺は橘さんのツレだと周りに思わせさえすればいいのだ。

 それで勘違いされたりなんかあったのなら、その時考えれば良いと橘さんの方から言ってくれているんだから、だったら俺はもうそれに従えば良かったのだ。


 そう思い俺が口を開こうとすると、ニヤリと笑みを浮かべた橘さんに先を越されてしまう。



「それにさ、私と有栖川さん、こんな美少女二人が仲良く遊んでたらどうなると思う? もしかしたら、どこの馬の骨かも分かんない男にナンパされちゃうかもよ?」


 その一言に、俺の心臓はドキリとする。

 確かにそうだと思ってしまったからだ。


 言い方は悪いが、見た目は軽そうに見えなくもないギャルの橘さんに、学校一の美少女である有栖川さん。

 そんな二人だけで遊んでいる姿を見かけたら、ナンパされない方がおかしいとすら思えてしまった。


 ――もし有栖川さんが知らない男に声をかけられていたら……駄目だろ、そんなの


 だから俺は、すぐに返事をする。



「分かったよ。俺も行く。それでもって、今日の俺は橘さんのツレ。それでいい?」

「うん! よろしい! じゃあ、皆でこれから仲を深めるといたしましょう!」


 俺がオッケーすると、橘さんは満足そうに微笑みながら頷く。

 こうして、橘さんのごり押しもありつつ俺達三人はカラオケへ行く事となった。


 しかし、心なしか有栖川さんの表情がさっき程楽しそうにしていない気がした俺は、その事が少し気がかりになっているのであった――。


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