第16話「橘亜理紗」

 午前の授業が全て終わった。


 あれからの有栖川さんはというと、休み時間漫画を読みたいのだろうが、そんな気持ちをぐっと堪えつつ次の授業の予習をするようになっていた。

 しかし気を抜くとすぐ鞄へ手を伸ばしてしまっており、そんな自分の手首を自分で掴みながら、沈まれ俺の右手ぇ! みたいな事を一人でしているのであった。


 ちなみにその都度、隣で俺が目を細めて見ている視線に気が付くと、すっと腕を引っ込めて読みませんよアピールをしてくる有栖川さん。

 本当にこの美少女は、中身はただの子供かもしれない。

 しかしそうなると、俺はそんな有栖川さんの保護者といったところだろうか、まだ女の子と付き合った事もないのに大出世したものである。


 まぁそんなこんなで、無事漫画を我慢し続けた有栖川さんは、今日も今日とて自席で弁当を食べるために鞄から弁当を取り出していた。


 教室で有栖川さんがお昼を食べるのはこれで三日目。

 流石に三日目にもなると、もう周囲もそんなにざわつく事は無くなっていた。

 それでも学校一の美少女が弁当を食べる姿は気になるのだろう、あちこちから有栖川さんへ様子を伺うような視線が向いているのであった。



「ねっ! 有栖川さん! 一緒にたーべよっ♪」


 すると、そんな有栖川さんの元へ橘さんがやってきた。

 いつもは特定の友達と一緒に弁当を食べていたクラスの中心人物の登場に、有栖川さんは固まってしまう。

 きっと、どう対処していいのか分からないのだろう。

 しかし橘さんはお構いなしに有栖川さんの前の席に跨ると、持ってきた菓子パンの封を開けた。



「有栖川さんってさぁ、やっぱり近くで見るとめちゃくちゃ可愛いよねぇ」

「え? そ、そんな事ないです……」


 いきなりの橘さんからの一言に、ほんのりと頬を赤らめながら慌てる有栖川さん。

 そして困った有栖川さんは、そっと横目で俺に助けを求めてくる。


 しかし、目の前に橘さんが座っているのだ。

 今それをしてしまっては、きっと不味い――。



「ってかさ、えっと一色くんだっけ? 二人って、実は仲いいよね?」

「「えっ!?」」


 そして橘さんの更なるそんな一言に、有栖川さんだけで無く隣で弁当を食べていた俺までも一緒に驚いてしまう。

 一応橘さんは配慮してくれたのか、周りに聞えないように小声で言ってくれたのだが、驚き過ぎて思わず声を上げてしまった。

 幸い、ただ隣で弁当を食べている俺も反応した事は誰も気付いてはいない様子だった。



「いや、昨日からあたし有栖川さんに注目してチェックしてたんだけどさ、見ててそうかなーとか思ってたんだけど今の反応見て確信した」

「いや、それはその……」


 笑う橘さんに、有栖川さんはもう完全にキャパオーバーになってしまっていた。

 だから俺は、有栖川さんに代わってそんな橘さんにお願いする事にした。



「……出来れば、この事はまだ皆には黙っておいて欲しい。別に変な事があるわけじゃないんだ。ただその、たまたま会話するキッカケが出来て、それから勉強が苦手な有栖川さんの手助けをする仲っていうか」


 こうなってしまっては仕方が無かった。

 今更嘘をついて取り繕った所で橘さんには通用しないだろうと判断した俺は、周囲にバレないように顔は向けずに橘さんに聞えるよう事情を説明した。


 すると、橘さんが返事をするより先に、俺が勉強が苦手と言った事に対して「は、はっきり!?」とショックを受ける有栖川さん。



「あはははは! 有栖川さんオモロッ! 大丈夫、言ったりしないよ!」


 そして、そんな有栖川さんのリアクションを受けて橘さんはお腹を抱えて笑い出した。

 笑われた有栖川さんはというと、何故橘さんがそんなに笑っているのか分からない様子で、お目目をパチパチさせながらキョトンとしていた。



「あー笑った! うん、きっと有栖川さんがこんな風になれたのも、一色くんのおかげなんだろうね」

「えっと、それはそう思います」

「ん? 有栖川さんも自覚ありなんだ?」

「はい、一色くんが色々助けてくれるおかげで、今では学校も楽しくなってますから」


 そう言って本当に嬉しそうに微笑む有栖川さんの姿に、俺だけでなく同性である橘さんまでも見惚れてしまうのであった。



「ねぇ有栖川さん」

「はい?」

「何て言うかさ、これまでは一色くんだけが支えてくれてたと思うんだけどさ、これからはあたしにも何かあったら言ってね? もう一人で全部背負う必要ないからね」

「えっと、その――いいんでしょうか?」

「勿論! だってうちら、もう友達っしょ?」

「――はいっ!」


 橘さんのその言葉に、有栖川さんは嬉しそうに返事をする。

 そしてそんな有栖川さんに、橘さんもニッと笑みを浮かべる。



「それにほら、同性にしか出来ない相談だってあるっしょ?」

「同性にしか?」


 言葉の意味が分からないというように、小首を傾げる有栖川さん。



「そっ! 例えばそうね――恋の相談とかねっ♪」


 そう言ってウインクをする橘さんに、ようやく理解した様子の有栖川さんはちょっぴり頬を赤らめると、恥ずかしそうに下を俯くのであった。


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