第14話「再び」

 次の日。

 昨日は寝不足だった事もあり、ぐっすり眠る事が出来た俺は以前と同じように時間通り登校する。

 何て言うか、昨日までは隣の席の有栖川さんの事が気掛かり過ぎて色々ペースが乱されていたけれど、今日は割かし平気だった。


 それだけ、俺は有栖川さんに対して慣れてきたという事だろうか?

 ……いや、それはないな。


 だって、未だに有栖川さんと真っすぐ向き合う事すら出来ないんだから。

 じゃあ何で今日はこれ程までに平然としているのかと言えば、それは多分昨日の電話のおかげだろう。


 電話なら顔を向き合わせる必要もないから、実際に面と向かって話すよりも全然気軽だし、それにここだけの話、有栖川さんのあの可愛い声をもっと聞いていたいと思ってしまった俺は、初めて有栖川さんとの関係においてポジティブになれていたように思う。


 それは別に声だけではなく、それ以上にとにかく話しているのが楽しかったのだ。

 楽しそうに漫画の話をする有栖川さん、そして俺がそれに知識を交えて答えると、そんな俺の話にまで興味深そうに喜んで聞いてくれたのだ。


 ――本当、良い子だよな有栖川さん


 昨日の通話の事を思い出すだけでも、俺は自然と口角が上がって来てしまう。

 これまでは会う事に対してただ緊張していたのだが、今日はこれから有栖川さんに会える事にワクワクしてしまっている自分がいるのであった。



 ◇



 いつも通り登校すると、そのまま自分の教室へと入る。

 しかし、今日も教室内には有栖川さんの姿は無かった。


 そんな事を考えながら、俺は自席に座りながら次に有栖川さんに貸す漫画の事を考えていた。

 どうやらラブコメが好きみたいだけど、異世界ファンタジーとかはどうだろうか?

 まるで異世界から来たと思わせる有栖川さんが、実際に異世界ファンタジーを読んでどう思うか気になるところだ。


 しかし、今日も今日とてそろそろ朝のホームルームが始まるというのに、未だに有栖川さんの姿は教室になかった。

 その事が少し心配になっていると、本当にギリギリの時間になって教室へ入ってきた有栖川さん。


 見ると、きっと急いでやって来たのだろう。少しだけ息の上がっている有栖川さん。

 しかしそれでも、今日も朝から完璧とも言える眩いばかりの美貌を放つ美少――んっ?


 ――あれ? 何だか昨日よりクマ増えてない?


 そう、今日の有栖川さんは、相変わらずの美少女ではあるものの、何だか昨日以上にグッタリしている様子なのであった。

 寝不足だろうか? なんでまた、有栖川さんがこんなにグッタリしているのか理由が気になった俺は、心配しつつそっとメッセージを送信してみる。



『おはよう。何だか辛そうだけど大丈夫?』


 俺がメッセージを送ると、明らかに辛そうにしながらも自分のスマホを確認する有栖川さん。

 そしてそのメッセージの送り主が俺だと気付くと、こっちに顔を向けてふっと微笑む。


 それから有栖川さんは口元に片手を当てて周囲から見えなくすると、口だけ動かす。



『お・は・よ・う』



 そして、俺に伝わった事を確認すると満足そうに微笑む有栖川さん。

 そんな有栖川さんの仕草に、俺の胸は当然のように大きく高鳴ってしまう。


 ――やっぱり、慣れるわけがないよな


 だから俺は、もう完全に諦めつつ微笑み返しておいた。

 慣れる事は無いが、この俺だけに微笑みかけてくれる有栖川さんとの関係を、これからも大切にしようと思いながら。


 すると、有栖川さんはそんな俺に向かって満足そうに頷くと、それからまたスマホと暫く向き合いメッセージを送ってくる。



『今日もすっごく寝不足なんです……。昨日電話終えてから、何だか楽しくなっちゃってもう一回漫画を読んでいたら、とっくに12時回っちゃってたんですよね。漫画を読んでいると、時間を忘れてしまいますね』


 ああ、成る程――。

 あれからまた漫画を読み直したら、確かに日を跨いでしまうだろう。


 しかし、そんな辛そうな有栖川さんには申し訳ないけれど、自分が貸した本をここまで気に入って貰えている事が俺は素直に嬉しかった。



『でも、見て下さい一色くんっ!』


 ん? 見て下さいって何だ?

 続けて送られてきたメッセージに首を傾げながら、一体何の事だと隣の席へと目を向ける。


 するとそこには、鞄からカバーの付けられた本を俺から見えるように取り出す有栖川さん。

 そしてこっちに見えるようにそのカバーをそっとずらすと、それはなんと昨日貸した漫画だった。


 こうして俺がそれを見た事を確認すると、再びスマホを手にする有栖川さん。



『えへへ、そして今日から三周目突入です!』


 どうやら有栖川さんは、貸した漫画に完全にどっぷりとハマってしまったようだ。

 表情はまたいつもの無表情に戻っているのだが、その表情にはちょっぴり嬉しさがにじみ出ているのであった。


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