第13話「共有」
部屋のベッドに倒れ込むように、大の字で横になる。
――ああ、今日も疲れたぁ
全身に圧し掛かる疲労を感じながら、今日は一日本当に色々あった事を実感する。
なんなら、昨日以上に慌ただしかったんじゃなかろうか。
その全ての中心には、隣の席の有栖川さんがいた。
彼女は何て言うか、一緒に居て全く飽きない子だ。
その見た目の美しさとクールな雰囲気により、これまでほとんどの人から敬遠されてきた有栖川さん。
しかし実際は、とても人懐っこいし、結構すぐに笑うし、いつも一生懸命だけどちょっぴりポンコツな女の子。
そんなこれまで抱いていた印象とのギャップの数々が、俺の興味を引きつけて止まないのであった。
――それに、今日はこの部屋にも来たんだよな
そう思い、視線を本棚の方へと向ける。
数時間前、あそこにあの有栖川さんが居たんだよなという事実が、俺をすぐにドキドキさせる。
誰もが羨むような美少女が、自分の部屋へ上がって行ってくれたのである。
その事実が、これまで異性との云々が何も無かった俺にとって、結果論ではありつつも大きな実績となって感じられていた。
俺はいつも、自分から端から無理だと決めつけて異性と関わりを持つ事を遠ざけてきた節があった。
その結果、こんな平凡な自分に何があるわけでも無く、遠ざけていた分何も無かったのである。
結局、俺は怖かったのだ。
異性に近付く事で、もしかしたら笑われたり、嫌われてしまうかもしれないという事が――。
だから俺は、一部の気の知れた男友達といつも寄り添い、そんな内輪だけでワイワイやりながら中学、そして高校一年を無難にやり過ごしてきたのである。
そんな俺が、ただ状況に流されていただけと言えばそれまでなのだが、それでも最近は女の子と色々やり取りするようになり、今日は家にだって上げてしまったのだ。
それは、これまでの駄目な自分からすると、確実に大きな一歩だった。
そしてこの一歩で満足するのではなく、これからもちゃんと友達として有栖川さんの事を支えれるような人間になりたいと思った。
――恩返しみたいなもんかな
うん、そうだ。これは恩返し。
有栖川さんは俺の事を必要としてくれているけれど、俺の方が大きなものを与えて貰っているのだ。
だからこの関係、自ら崩してしまうような事が無いよう、これから一層大切にしていこうと心に誓った。
――でも、もし有栖川さんの方から離れて行ったら……
……残念だけど、その時はその時だろう。
寂しくはあるが、別に元に戻るだけなのだ。
それに、例えもしそうなったとしても、既に沢山のものを与えて貰っている俺は感謝すべきだろう。
そんな事を思っていると、突然スマホの着信が鳴り出す。
驚きつつも、今何時だと時計を見ると夜の十時過ぎ。
そう言えば、昨日もこんな時間に有栖川さんから突然連絡来たよなと思いつつ、俺はろくに誰からの着信かも確認もせず通話ボタンを押した。
「もしもし?」
「あっ! 一色くん! 大変なんですっ!!」
「うぉ!? あ、有栖川さん!?」
なんとその電話は、たった今考えていた相手である有栖川さんだった。
そして通話の向こうの有栖川さんは、何やら緊急事態のようだった。
「はい! 有栖川です! そんな事より大変なんですよ!」
「ど、どうしたの!?」
「私、全部読んでしまったんです!!」
「え、読んだ?」
「はい! 今日お借りした本です!!」
あー、今日貸した本を全部読んじゃったって事か。
まぁ貸したのは今全三巻だったし、今日読んでしまおうと思えば全然読んでしまえる分量だ。
「それは分かったけど、何でそんな慌ててるのかな?」
「だってこれ! 学校の隙間時間に読む用に借りた本じゃないですか! それなのに私!」
ああ、そう言えばそうだった。
確かに、それ用にわざわざ借りた本を先に家で読み終えてしまっては意味が無い。
「あー、そっか。じゃあまた他の本を貸すよ」
「えっ!? これもう続き無いんですかっ!?」
「いや、最新巻がそこまでなんだよ」
「成る程!! なら良かったぁー!! 私、面白過ぎて全部読んじゃいました!!」
俺が続きが無い理由を答えると、とても安心したように声を漏らす有栖川さん。
そして、今日早速読み切ってしまった理由も教えてくれた。
「まぁなんて言うか、それだけ気に入って貰えたなら貸した俺も嬉しいよ」
「はい! すっごく気に入りましたっ! ポンコツなヒロインって可愛いですねっ!!」
「う、うん。そうだね、そう思うよ……」
「最初はどんなお話かなって少しだけ読んでみるつもりだったんです! でも気付いたら、物語に引き込まれちゃって全部読んでしまってました!!」
興奮気味に一生懸命語る有栖川さんに、俺は思わず笑ってしまいそうになる。
ポンコツヒロインを可愛いと語る、今日読んじゃ駄目なものを全て読んでしまったポンコツな有栖川さん。
そんなブーメランを見事に決めてしまっている事に気付くはずもない有栖川さんが、やっぱり面白くて可愛いかった。
そして有栖川さんなら、地で漫画のヒロインしてるよなと思える点もまた、俺をニヤつかせてくるのであった。
「まぁ、それなら同じ系統の漫画をまた何か見繕っておくよ」
「本当ですか! 私これまであんまりこういう漫画って読んだ事無かったんですけど、いいですねこういうの! ドキドキします!」
「そ、そっか、ラブコメ気に入ってくれたのなら良かったよ。他にも色々あるから」
「はい! でも今は私、この漫画について語り合いたい気分ですっ! 一色くん、その、もうこんな時間ですけど、良ければ少々お相手願えますでしょうか!?」
うん、その気持ちはすっごく分かる。
好きな作品を読み終えたあとはその面白さを誰かと共有したくなって、俺の場合はネットの掲示板とかでその欲求を満たしていたりするから。
まぁネットの場合、見たくない意見も転がっていたりするけれど……。
というわけで、そんな漫画にハマってワクワク全開になってしまっている有栖川さんの事をほっとけるはずもなく、それから小一時間その漫画の面白さについて語り合ったのであった。
話の中で面白いポイントが共有される度、本当に嬉しそうに喜ぶ有栖川さんとの通話は、正直このまま一生話していられるんじゃないかと思える程、俺も楽しくて仕方が無かったのであった。
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