第12話「漫画」
俺を追いかけて、家の前までやってきた有栖川さん。
とりあえず、漫画を貸して欲しいという有栖川さんに漫画を貸すべく、俺は家の中へと入る事にした。
しかしそこで、一つの問題に気が付く。
――ん? こういう場合、有栖川さんをどうしたらいいんだ?
そんな問題に気付いてしまった俺は、それからどうしていいのか分からなくなってしまった。
このまま玄関前で待って貰えばいいような気がするけど、それはちょっと薄情なような……それに、そんな姿を誰に見られるかも分からないよな……。
しかし、だからと言ってこのまま部屋に上げてしまうのは、なんて言うか良いのだろうか……。
なんたって、相手はあの有栖川さんなのだ。
学校一の美少女に、普段俺が使っている自室の空気なんかを吸わせてしまって良いのだろうか……いや、普通に考えて良くないよな。
だからここは、悪いけれど人に見えないように扉の内側で待っていて貰おう。
急いで漫画を取ってこれば、そんな大した時間も掛からないはずだ。
そう思い、俺はワクワクとした様子で待っている有栖川さんに声をかける。
「えっと、じゃあ急いで漫画取ってくるから、この扉の内側でちょっとだけ待ってて貰えるかな?」
よし、これであとは超特急で漫画を取ってくるだけだ。
そう思い玄関の扉を開こうとしたところで、有栖川さんに制服の裾を摘ままれてしまう。
「……私はその、ここで待っていればいい?」
「あ、ああ、すぐ戻ってくるから」
「でも……」
不安そうに、おどおどし出す有栖川さん。
確かに女子高生が一人、他人の家の軒先に立っているってのもあれかもしれない――。
「……じゃ、じゃあ、上がって本見てく?」
だから俺は、思わずそんな言葉を言ってしまった。
不安そうにする有栖川さんを見ていたら、自然とそんな言葉を発してしまっていたのである。
「いいの?」
「えっとぉ……ま、まぁ、自分で好きな本選んだ方が、いいかもしれないし?」
「……そう、ですね。じゃ、じゃあお邪魔させて頂こうかな――」
お互い、何とも言えない空気が流れる。
しかし、何も疚しい事はないのだ。ただうちにある漫画を有栖川さんに貸すにあたって、好きな本を選んで貰うだけなのだから――。
そう自己正当化させつつ、俺は有栖川さんを家に招き入れた。
そして母さんにばれないように、そっと有栖川さんを自室へと案内する。
「すごい、これ全部漫画ですか?」
「ああ、漫画が好きなんだよ」
そして部屋に入った有栖川さんは、俺のこれまで買い溜めた漫画が並べられた本棚を見てそれはもう驚いていた。
ざっと500冊以上はあるだろう漫画の数々に、有栖川さんはまるで博物館にでも来た子供のように感心しながら本棚を眺めていた。
「えっと、気になるのあったら貸すよ」
「分かりました――と言いたいところなんですけど、これだけあるとよく分かりませんね。何かオススメはありますか?」
たしかに、有栖川さんの言う通りだった。
だから俺は、元々貸すつもりだった漫画を本棚から抜き取った。
「これとかどうかな? 俺達と同じ高校生の恋愛モノだけど、時に笑えて読みやすいし良いかも」
「へぇ、表紙の女の子可愛いですね! 成る程、気になるのでこれにしますっ!」
ページをパラパラと捲りながら、嬉しそうに微笑む有栖川さん。
そんな、まるでこの世界ではなく漫画の世界から出てきたような美少女が、漫画を手にしてページを捲っている光景はちょっぴり不思議に思えた。
「うん、じゃあそれ貸してあげるよ」
「はい! ありがとうございます! ――あ、じゃあその、いきなり押しかけちゃいましたし、えっと、私はこれで失礼しますね!」
「う、うん、下まで送るよ!」
そしていざ漫画を貸すと、それ以上ここで一緒に居る要件の無くなってしまった俺達は、またしても何とも言えない空気になってしまう。
慌てて有栖川さんが帰ると言う事で、何とかこの場はそのまま流れたのだが、やはり有栖川さんといるとペースが乱されっぱなしな自分がいるのであった。
「じゃ、じゃあ、お邪魔しました」
「うん、また明日」
こうして有栖川さんを玄関で見送り、何とか無事に漫画を貸す事が――。
「何、健斗? お客さ――」
しかし、そこでリビングから出てきた母親に見つかってしまう。
誰か友達が来ているとでも思ったのであろう母さんは、ダル着姿でお腹の辺りをボリボリと掻きながら廊下に出てきたのだが、有栖川さんの姿を見てピタリと固まってしまっていた。
「ああ、えっと、クラスメイトの有栖川さん」
「あっ! その! えっと! 有栖川です! お、お邪魔しました!!」
「ああ……はい、こちらこそ……」
「はい! そ、それでは失礼します!」
ペコリと頭を下げ、有栖川さんは慌てて帰って行った。
そんな光景を、未だに母さんは固まりながら見つめているだけだった。
「健斗……今の子は彼女……?」
「ばっ! そ、そんなわけないだろ! 漫画借りにちょっと寄ってっただけだよ!」
「だよねぇ、うちの子があんな……じゃあ何、あの子天使か何か?」
すんなり受け入れたところはちょっと鼻に着いたのだが、成る程母さんには天使に見えたのか。
有栖川さんが実は天使――うん、確かにそれでも通りそうな気がする。
まぁそれはそれとして、この世のものとは思えない美貌を放つ有栖川さんの姿に、うちの母さんまでも見惚れて固まってしまったのであった。
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