第11話「救世主」
ざわつきだす教室内。
そんな状況を前に、どうする事も出来ずただ焦る俺。
そして流石の有栖川さんも、しまったというような表情を浮かべつつ、この状況どうしていいか分かっていない様子だった。
迂闊だったと言えば、それまでだろう。
しかし、ここまで無表情でクールな状態の有栖川さんと素の状態の有栖川さんとで落差があるのだ。
遅かれ早かれ、こうなる事は何となく想像できたいた。
しかし、だからといってこの状況に対する適切な答えなど持ち合わせていない。
だからこの場をどう切り抜けるべきかと、俺は思考を巡らす……。
「なんだ、有栖川さんもちゃんとお礼できる良い子なんじゃん?」
すると、突然そんな声がかけられる。
驚いて振り返ると、そこには一人の女子が立っていた。
彼女の名前は、
彼女は同じクラスで、何と言うかクラスの女子達の中心的存在の女の子だ。
橘さんと言えば、美人なギャルというのが俺に限らず皆の印象だ。
有栖川さんより少しだけ背が高く、金髪でウェーブがかったロングヘア―がトレードマークの色白美人。
そんなクラスの中心人物である彼女が、突然有栖川さんに対して話しかけてきたのである。
その事態に俺はどうする事も出来ず、また有栖川さんも予想外の事態に戸惑っている様子だった。
しかし、そんな有栖川さんの事なんてお構いなしに、隣に立つ橘さんは有栖川さんに向かってニッコリと微笑みかける。
「もしかして有栖川さんって、思ってたのと違う系?」
「え? ち、違う、系……?」
「あーごめんごめん! でも今ので何となく分かったわ。うん、いいじゃん!」
そう言ってニッと微笑む橘さんは、今度は周囲に目を向ける。
「はい! 皆も見すぎね! 有栖川さんは箸拾ってくれたえっと――一色くんだっけ? にお礼しただけでしょ。動物園じゃないんだから、分かったらはい解散解散!」
そしてなんと、そう言って集まってしまっていた周囲の注目を散らしてくれたのであった。
これが、陽キャってやつなのか――。
そんな橘さんのフォローもあり無事危機を乗り越えられた有栖川さんも、ポカンとした表情で橘さんの事を見つめていた。
「あ、ありがとう……」
「ああ、いいって! それに私、実はずっと有栖川さんに興味あったんだ! また話そっ!」
ニッコリと微笑んだ橘さんは、そう言うと再び友達の輪へと戻って行ってしまった。
「……また話そう、か」
そして隣の有栖川さんは、小さくそう呟くのであった。
そんな微かに嬉しそうに微笑む有栖川さんを見ていたら、俺も良かったねという気持ちでいっぱいになった。
これをキッカケに、有栖川さんの諸々が良い方向に向かってくれたらいいなと思いながら――。
◇
午後の授業が始まった。
お昼の件を気にしているのだろうか、午前よりもより無表情の仮面を付ける事に意識を飛ばしているように感じられる有栖川さん。
そんなわけで、午後は午前程有栖川さんの素の行動というのは見られなかった。
ただ、それでもやはり勉強は苦手なようで、メッセージでのやり取りだけは行われていた。
そして、下校の時間になった。
昨日はあっという間に帰って行った有栖川さんだけど、今日はどうするんだろうか。
そんな事を思っていると、有栖川さんの元へ橘さんがやってきた。
「有栖川さん、帰り?」
「え? ええ……」
「そっか、じゃああたし駅から電車だからさ、良かったら途中まで一緒に帰ろうよ!」
そして橘さんは、そう言って有栖川さんに一緒に帰ろうと誘ってきたのである。
その事態に、有栖川さんはどう返事をしていいのか分からず、明らかに困ってしまっている様子だった。
しかし、最終的に押しの強い橘さんに根負けした有栖川さんは、そのまま橘さんに連れられて一緒に帰る事になってしまっていた。
――まぁ、このぐらい強引な方が有栖川さんには良いのかもな
そんな事を思いながら、俺もさっさと帰宅する事にした。
帰り道を一人歩きながら、俺は有栖川さんが上手くやれているのかその事がずっと気になり続けていた。
俺だってまだ知り合って二日とかそこいらだけど、そんな短い期間でもこんなにも有栖川さんの事が気掛かりになっている自分に笑えてきた。
それでも、気になるものは気になるし、橘さんなら大丈夫だとは思うけれど何か変な事に巻き込まれてはいないだろうかとか諸々気になるのだから仕方ない。
――帰ったら、メッセージ送ってみようかな
そんな事を考えながら、家の前に到着したその時だった。
「一色くんっ!」
突然そう声をかけられた俺は、驚いて後ろを振り返る。
するとそこには、やっぱり有栖川さんの姿があった。
片手を挙げながら、嬉しそうに微笑んでいる有栖川さん。
俺なんかを見つけて何がそんなに嬉しいんだろうと思いつつも、それでも無事一人でここに居る有栖川さんを確認できた事に安堵している自分がいた。
「有栖川さん?」
「ふぅ、途中で見かけてね、急いで追いかけてきたんだよ!」
少し息を切らしながら、安心したように近付いてくる有栖川さん。
俺はそんな光景に、思わずドキドキしてきてしまう。
こんな美少女が自分の事を追いかけてきて、オマケに嬉しそうに微笑んでいるのだ。
そんな有り得ない状況、意識しない方がおかしいだろう。
「な、なんで?」
「え? だって一色くん、今日本貸してくれるって言ったでしょ? 私あれからずっと楽しみにしてたんだけどね、帰りに橘さんに誘われちゃったからどうしようって思って」
そう言えばそうだった。
あの場を何とかしようと思って送った言葉だったけど、有栖川さんは借りる気満々だったようだ。
まぁ、だったら有栖川さんでも楽しめそうな漫画はいくつかあるから貸すのは全然良い。
しかし俺は、そんな事より橘さんとあれからどうだったのか、その事の方が気になって仕方が無いのであった。
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