第10話「難攻不落」
午前中の授業が全て終了した。
そのあとの授業も一限の数学と同じ調子で、有栖川さんは色々と一生懸命な様子だった。
しかし、いつもは無表情でクールな雰囲気を放っていた有栖川さんだが、関係を持ってみると結構な頻度で授業に躓いてしまっているようで、その都度困ったように俺に助けを求めてくるのであった。
その手法は様々で、書いていたペンがピタリと止まったり、そっとスマホを取り出してSOSを送信してきたり、最終的にはそっとこちらに困った顔を向けてくるのであった。
最後に至っては、もう完全にこれまでの有栖川玲という人物像からかけ離れているのであった。
そして、その都度俺がノートを見せたり、メッセージを送ったりするなりして答えると、有栖川さんは嬉しそうに微笑むのであった。
その笑みは本当に美しく、その顔を見たいがために頑張ってしまう部分が無いと言ったら嘘になる。
それ程までに、やっぱり有栖川さんは特別な美少女なのであった。
――無表情でクールな感じも綺麗だけど、普通に微笑んでる有栖川さんの方が俺は好きかも
なんてぼんやり授業中考え事をしてしまう程度には、俺はすっかりそんな有栖川さんの笑みの虜になってしまっているのであった――。
◇
そして昼休み。
昨日同様俺が自分の席で弁当を広げると、まるでそれに合わせるように今日も自分の机で同じく弁当を広げる有栖川さん。
どうやらもう、これからは自席で弁当を食べるつもりなようだ。
そんな光景に、昨日程ではないもののやはり周囲の視線は集まってしまっているのであった。
しかし、もう注目を浴びてしまうのにはすっかり慣れてしまっている様子の有栖川さんは、そんな周囲の様子なんて気にする素振りも見せず今日もパクパクと自分の弁当を食べているのであった。
だが、ここで事件が起きる。
いつもはどこかで一人弁当を食べていた有栖川さんが、昨日は教室で食べていたという情報は色んなところに出回ってしまったのだろう。
それぐらい、やはりこの学校において有栖川玲という存在は特別なのである。
その結果、それを聞きつけたのであろう他のクラスの男子がうちのクラスへとやってきた。
「……マジでいるじゃん」
そんな声が、入り口付近から聞こえてくる。
そしてその声の主――確か一組の太田くんだったっけな?
確かサッカー部のエースだった気がする。何て言うか、改めて見ると普通にイケメンだ。
そんな、どこかのラブコメ漫画に出て来そうな程、思えばあまりにも分かりやすい陽キャイケメンの代表格みたいな肩書の太田くんは、何とそのまま教室に入ってくると有栖川さんの隣までやってきた。
「有栖川さん、あ、あのさ、ちょっと話とか出来る?」
そしてそんな陽キャ代表太田くんは、あろうことか有栖川さんに話しかけたのであった。
しかし、太田くんをもってしても有栖川さんを前にしている事に緊張しているようで、その言葉からは緊張感みたいなものが感じられた。
それもそのはず、相手はあの『難攻不落の美少女』こと有栖川玲なのだ。
これまで話しかけてきた異性をことごとく退け続けてきた、誰も手が届かなかった完璧美少女。
そんな存在に挑むというのは、それ相応な覚悟が無いと絶対無理だ。
だから、太田くんはある意味では勇者だった。
ここ最近はずっと沈静化してきた有栖川さんへのアプローチを、この太田くんは打ち破って踏み込んできたのである。
その様子を見ても、決してチャラついた気持ちでここへ来たわけでは無いというのは見て感じ取れた。
「無理」
しかしそれでも、結果は無常だった――。
目も合わせない有栖川さんは、いつも以上に無表情でクールな感じを強めつつそう一言呟くのみであった。
そしてもう話は済んだとばかりに、再び自分の弁当をゆっくりと食べ出すのであった。
だが、それで引き下がる太田くんではない。
やっぱり、それ相応の覚悟を決めてここへ来ているのだろうその程度で諦める事は無かった。
しかし思えば、確かに学校生活においてこの昼休みが一番長い自由時間だった。
だから、こうして有栖川さんがここに居る事が知れてしまった事で、今みたいに話に来る余裕が生まれてしまっているのであった。
「ちょ、ちょっと待ってよ! その、少しでいいからさ」
必死に食い下がる太田くん。
しかし、そんな太田くんに対して有栖川さんは、心なしか少し不機嫌な様子で冷たい視線を送る。
そして小さく溜め息をついて一言。
「ごめんなさい、私は貴方に興味がありません」
たった一言、しかしはっきりとそう太田くんに告げたのであった。
そこまではっきりと言われてしまっては、流石の太田くんもどうしようも無かった。
自分に全く興味が無いという事を分からされると、太田くんは悔しそうな表情を浮かべつつそのまま足早に教室から出て行ってしまった。
中々えげつない光景だったな……。
しかし、これこそが本来の『難攻不落の美少女』なのだ。
さっきの太田くんに限らず、こんな風にお断りされてきた男の数は数知れないのだ。
だから、教室内でフラれてしまった太田くんだが、誰もその事に対してどうこうは無かった。
それよりも、お前でも駄目だったかという同情、それからやっぱり有栖川さんの誰も寄せ付けない振舞いに対して、周囲は慄いているのであった。
でも、俺は知っている。何故有栖川さんがそうしているのかを。
『下手に男の子と知り合ってしまうと、いつも気持ちを伝えられる結果が待っていると申しますか……』
そう、有栖川さんからしてみれば、こうして近付いてくる異性を少しでも受け入れてしまうと、いつも気持ちを伝えられてしまう結果が待っているのだ。
しかし、誰かの告白を断ったり、会話をする程度に知り合った相手を遠ざけたりする方だって辛いのだ。
だから有栖川さんは、最初からこうして一切を拒絶する事で端から誰も寄せ付けないようにしているのであった。
果たしてそれが良い方法なのかとか、最善策かどうかと言われるとそれは分からない。
それでも、これまでずっとたった一人でこういう場面を乗り越えてきた有栖川さんが導き出した答えがそれなのだ。
だからその事に対して、あれこれ言えるはずも無かった。
こうして、教室内には何とも言えない空気が流れる。
それは、相変わらずの難攻不落な様に慄く人もいれば、相変わらず一切を寄せ付けず断る有栖川さんにほっとする人、それからそんな有栖川さんを遠巻きに眺める女子達と、その反応は様々だった。
そして、そんな空気や先程の出来事に流石の有栖川さんでも感じるものがあるのだろう。
いつもの無表情の中にも、何だかばつが悪そうな感じというのだろうか、やはり有栖川さんは有栖川さんで思うところがあるようだった。
だから俺は、そんな有栖川さんにメッセージを送る。
そして、机の上に置いているスマホに届いたメッセージに気が付いた有栖川さんは、そっとそのメッセージを確認する。
『そういえば、前に漫画貸して欲しいって言ってたっけ? オススメあるから、なんなら今日貸そうか?』
そう、俺は全然関係ない話を有栖川さんに送信したのであった。
こんな空気への適切な回答なんて当然持ち合わせていない俺は、だったらせめて一人きりの有栖川さんに寄り添うしかないだろうと思い、前に漫画貸して欲しいと言っていた事を思い出した俺はそんな提案をしてみたのだ。
すると有栖川さんは、そんな提案によほど驚いたのか何なのか、持っていた弁当の箸の片方を下に落としてしまう。
その箸はそのまま俺の方へ転がってきたため、俺はその箸を拾って有栖川さんへ差し出す。
「はい」
「あっ! ありがとう一色くん!!」
ふっと微笑み、恥ずかしいのか少し頬を赤らめながらお礼をする有栖川さん。
それは箸を拾った事に対してなのか、それとも先程送ったメッセージに対してなのか――。
しかし、その反応は明らかに失敗だった――。
微笑みながら先程とは全く異なる反応、それから有栖川さんから俺の名前が普通に呼ばれた事に対して、教室内は一斉にざわつきだしてしまったのであった――。
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