第7話「理由」

 それだけじゃないと、通話を切ろうとする俺を引き留めてきた有栖川さん。

 そう言われてしまっては、俺も通話を切るわけにもいかず話を聞くしか無かった。



「……うん、分かったよ。それで、他には何が?」

「あっ! はいっ! そのですね、わ、私勉強だけじゃなくてですね、情けない事に実は物忘れも多いんですよ。それでその、一色くん隣の席ですし、なんて申し上げますか、えっとぉ……そういう時も、そのー、助けて頂けたらなぁーと……」


 えーっと、今のは何だ?

 つまり要約すると、あれか? 教科書をすぐ忘れるから、隣の席だし教科書見せて! という事だろうか。


 ――いやいやいやいや! それは不味い! 物理的に不味い!!


 さっきのお悩み相談は、メッセージで事済むからまだ良かった。

 でも二つ目は駄目だ。

 つまりそれって、俺と有栖川さんの机をくっ付け合って、一緒に一つの教科書を広げながらお勉強するって事だろ?

 そんなもの、俺自身耐えられる自信は無いし、それに周囲の反応を考えただけでも一大事になる事が簡単に想像できて、ちょっとゾッとするレベルだった。



「えっと、それは何て言うか、色々不味いような……」

「だ、駄目でしょうか……」


 だから俺は、これは申し訳ないけどやんわりとお断りをすると、有栖川さんは分かりやすくしょんぼりとしてしまう。

 だから俺は、慌ててそんな有栖川さんにたった今思い付いた代替案を提案する。



「そ、そもそもさ! 忘れないようにしたら良いんじゃない?」

「はい、そうですよね……」

「だから、こうしよう! 夜お互いにメッセージで明日の持ち物確認し合おう! そしたら忘れずに済む!」


 我ながら、咄嗟に思い付いたにしてはナイス提案過ぎると思う。

 机をくっ付け合って有栖川さんと授業を受ける事と、毎日夜に忘れ物が無いか確認メッセージを送り合う労力、どちらが良いかを天秤にかけたら圧倒的に後者だった。



「ああ! 成る程! それは助かりますねっ!」

「で、でしょ!? それで行こう!」

「はいっ!!」


 そんな俺の提案に、有栖川さんも盲点だったようで成る程と喜んでくれた。

 まぁ俺自身忘れ物が無いかの確認にもなるし、よく考えれば丁度良いだろう。

 こうして、追加で相談された悩み事もすぐに解決する事が出来たのであった。



「うん、じゃあもういいかな? また明――」

「待ってください! まだありますっ!」


 しかし、俺が通話を終わらそうと言い終えるより先に、まだ相談があると終わりのセリフを言わせようとはしない有栖川さん。

 何て言うか、お悩み相談する側なのに圧が凄い――。

 そしてこの有栖川さん、今日は一体いくつのお悩みを相談するつもりなのだろうか。

 どうか有栖川さんが無限お悩み相談マシーンで無い事を祈りつつ、諦めた俺は次の質問は何なのか聞くだけ聞く事にしたのであった――。



 ◇



 それから小一時間、有栖川さんからのお悩み相談は続いた。

 ちなみにそのあとのお悩みは、またちょっと毛色が違っていた。


 委員会選びが難しい、学校行事のペアやグループ決めが地獄などなど学校生活に関する話、それから休み時間の読み物の用意が大変だから出来れば漫画を貸して欲しいと、そのどれもが悩み事である事には変わりはないのだが、悩み相談というよりも愚痴に近い感じだった。

 それに最後の漫画の相談に関しては、何だかこの電話を通して急激に距離が近付いているような気がしてならない。

 昨日俺が漫画を買いに本屋へ行く事を知っている有栖川さんは、俺なら漫画を沢山持っていると思ったのだろう。

 まぁそれは正解だし、愚痴を聞くぐらい別に俺も構わない。


 ただ何て言うか、有栖川さんの話を聞いていて感じたのは、結局そのどれもが一人で居る事が原因だった。

 これまでずっと一人で学校生活を送ってきた有栖川さんは、人知れずこれまで一生懸命戦っていたんだという事を知った。



「……じゃあ、昨日あった場所から割と近くに住んでるから、貸してほしければ今度渡すよ」

「本当ですか!? やった! 嬉しいですっ!!」


 結局最後のお悩み相談には、根負けした俺が漫画を貸し出す事で着地した。

 すると、本当に嬉しそうに無邪気に喜ぶ有栖川さん。

 普通に考えれば面倒でしかない頼まれ事も、そんな有栖川さんと話しているとまぁいいかという気にさせられてしまうのであった。


 こうして、これまで溜め込んできた一人行動での弊害や愚痴を一頻り吐き出した有栖川さんは、一つ解決する度にそれはもう満足そうにしていた。



「あ、もうこんな時間! 今日は色々相談に乗って頂いて、本当にありがとうございました! 一色くんが相談に乗ってくれたおかげで、何だか色々スッキリしちゃいました」

「そっか、なら良かったよ」

「それで、その、最後にもう一つお願いがあるんですけど、いいでしょうか……」


 これでようやく終わりだろうと、戦い抜いた自分を称えつつ内心ほっとしていると、有栖川さんは最後にもう一つお願いがあると言ってきた。

 正直まだあるのかよという気分だが、ここまで乗り掛かった舟だ。俺は最後まで話を聞く事にした。



「いいよ、何かな?」

「えっとですね、その……一色くんさえ良ければ、たまにで良いのでこれからも話を聞いて頂けないでしょうか……?」


 そんな最後のお願い事に、俺は今日何度目かのドキリとさせられてしまう。



「……まぁ、うん。有栖川さんがそうしたいって言うなら、別にいいよ……」

「本当ですか? やった! じゃあ、約束ですよ?」

「うん、分かったよ」

「うふふ、それじゃあ今日はもう遅いので失礼しますね! ありがとうございました! おやすみなさい」

「うん、おやすみなさい――」


 こうして、長かった有栖川さんとの初めての通話が終了した。

 通話を終えると、まるで夢から現実に帰されたような、何とも言えない独特の感覚に襲われた。


 最後のお願い、それはまさかの有栖川さんの方からまた通話したいという申し出だった。

 そんなまさかのお願い事を、思い出すだけでもドキドキしてきてしまう。


 相手はあの『難攻不落の美少女』と呼ばれる、学校一の美少女。

 そんな有名人が、どうして俺なんかと――というのが、正直なところだった。


 何故有栖川さんは、俺なんかとそんなに嬉しそうに絡んでくれるのだろうか。

 そんな、まるで漫画のご都合ラブコメのような状況にも思えるが、実際は経験皆無な俺ではただただ戸惑う事しか出来なかった。


 しかし、状況を客観的に見れば分かる部分もあった。

 有栖川さんは、いつも学校では無表情の仮面を付けてクールな印象を与える女の子だ。

 そのせいもあって、学校ではいつも一人だった。


 だから、ひょんなキッカケではあるものの、同じクラスの、しかも隣の席である俺と話せるようになったのが嬉しい。


 ――うん、そう考えると有栖川さんの気持ちも分からなくもないよな


 だから、最終的に有栖川さんは少し踏み込んだお願い事までしてきたという事だろうか。

 しかし、そんな理由は分かったところで、今回この件に関しては客観的な傍観者ではなく俺は当事者なのである。


 だから、有栖川さんからのお願い事の理由や妥当性を理解できたところで、結局俺はこれからの事を考えるだけでやっぱり胸がドキドキと高鳴り出してしまうのであった。


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