第6話「お悩み相談」
『えっと、その、やっぱりメッセージだと少々伝えづらいと申しますか、出来れば電話で話したいのですが……』
一体何を言われるのだろうかと身構えていると、なんと有栖川さんの方から電話で話したいと言ってきた。
てっきりこのままメッセージで言われるものだとばかり思っていた俺は、そんな予想外の展開に戸惑ってしまう。
しかし、一度相談に乗ると言った以上俺もここで断るわけにはいかない。
別に既に会話だってしているのだ、大丈夫だろ……と、俺は不安しかないくせに覚悟を決めて返信する。
『うん、大丈夫だよ』
そう返事をすると共に、自分の番号も合わせて送信する。
緊張で番号を送る指が少し震えてしまったのだが、無理も無い相手はあの難攻不落と呼ばれる有栖川玲なのだ。
こんな事を平然と出来る人間がいるとしたら、きっとその人も異世界人か何かに違いない。
そして番号を送信すると、少し間を空けてから本当に知らない番号から電話がかかってきた。
こんな時間、俺のスマホなんかに電話をかけてくる人なんて今は有栖川さん以外あり得ないため、一気に胸が跳ね上がりながらも覚悟を決めて通話ボタンを押す。
「も、もしもし」
「あっ、えっと、その、有栖川です……」
電話の向こうから聞こえてくる声は、確かに有栖川さんの声だった。
受話器越しに直接耳元に届けられる声はまるで耳元で囁かれているようで、容姿だけではなく声まで可愛い有栖川さんの吐息混じりの話し声は、俺の胸をバクバクと跳ね上げるのには十分過ぎた。
「本当はあの、人と話すのもあまり得意じゃないんですけど、その……相談に乗って欲しい事がありまして……」
「う、うん。それで、相談事って何かな」
「あ、はい。えっと、そのですね……私実は――」
そして電話を繋いだのも早々に、有栖川さんの口からずっと語られず仕舞いだった相談事がついに語られる――。
「勉強が、苦手なんです……」
有栖川さんの口から語られた悩み事とは、まさかの勉強が苦手という話だった。
そんなまさかのお悩み相談に、有栖川さんには悪いけれど一気に拍子抜けしてしまう。
こんな、たまたま話すキッカケが出来ただけの俺にすら頼らなければならない程、何かを思い悩んでいる様子だった有栖川さん。
だからてっきり俺は、これからもっと重大な悩み事を言われるものだとばかり思っていたのだ。
しかし、有栖川さんの口から語られたのはまさかの勉強――。
いや、確かに勉強も大事だ。
出来なきゃ進路とかにも影響だってしてくるし、なんなら自分達高校生にとっては一番重要と言っても過言ではない。
しかし、それに対してはもう勉強するしかないんじゃないかな? というのが正直なところだし、そんな思ったよりライトだった有栖川さんのお悩み相談に、逆に俺はどう返事をしていいのか悩んでしまう。
「私、実はいっつも赤点ギリギリなんです。授業中もね、考え事とかしてるとどうしても先生の説明を聞き逃しちゃう事がありまして、そうなると所々授業について行けなくなるんです……。私学校で話せる友達とか居ないから、遅れたら遅れっぱなしでして……」
続けて語られた有栖川さんの説明を聞いて、俺はようやくその悩み事の本質を理解した。
言われてみれば、有栖川さんはいつも一人なのだ。
だから、気軽に分からなかった所を友達に聞くとかそういう機会が全く無いのだと思うと、確かに日々のあらゆるハードルが高まってくるというのは頷けた。
しかし、いつも無表情でクールな有栖川さんだけど、授業中考え事とかしてるんだな――。
一体何を考えてるんだろうと少し興味が湧きつつも、今は俺はそんな有栖川さんのお悩みに答える事にした。
「成る程ね、それでたまたま隣の席だった俺と話せるキッカケが出来たから、思い切ってお願いしてきたわけだ」
「はい、そうです……。でも、何故なんでしょうね。一色くんとはあの時普通に話せたんですよね。私、男の子と話すのが凄く苦手なはずなんですけどね……。その……下手に男の子と知り合ってしまうと、いつも気持ちを伝えられる結果が待っていると申しますか……」
「ああ、成る程……」
「はい、だから普段はもう男の子との会話は全て避けるようにしているんです。でも、不思議とあの時一色くんとは普通に話せたんですよね」
だから有栖川さんは、男を寄せ付けないのか。
有栖川さんの性格、それから今の話し方から察するに、本人もその事には申し訳なさを感じつつもそうせざるを得なくなっているといった感じだった。
そして、そんな有栖川さんには申し訳ないけれど、果たしてあれが普通と話せた会話なのかと言われると、決してそうではないような気がする……。
しかしそれでも、有栖川さんの基準で見ればそういう事なのだろう。
「そっか……。うん、まぁ何て言うか、俺はあの時他の人みたいにそんな下心とか無かったし、それに正直あの時は有栖川さんより犬の方でいっぱいいっぱいだったっていうか」
「そうですね、あんな風に男の子と会話を終えたのは初めてでした。それに、ふふ、あの時の一色くんはその――凄く面白かったですよ」
きっとあの時の驚く俺を思い出しているのだろう、電話の向こうでクスクスと思い出し笑いをし出す有栖川さん。
その件には正直恥ずかしさしかないのだが、それでも有栖川さんがこうして楽しそうに笑っている声を聞いていると、まぁいっかという気持ちになってくる。
「でも、やっぱり不思議です。昨日は明日また学校で会わなければならない事とか、また会話するかもしれない事とか、実は凄く緊張していたんですよ。それでも、不思議と今だって自然と話せています」
「確かに……。でもそれは、別に俺に限らないんじゃないかな? 有栖川さんなら、皆と話そうと思えば普通に話せると思うけどね」
有栖川さんの言う通り、俺にしてみても学校一の美少女である有栖川さんとこうして自然に会話出来ている事が不思議でしょうがなかった。
でもきっと、それは相手が俺だからとかそういう訳では無いと思う。
本当の有栖川さんの人柄さえ伝われば、別に俺以外の誰とでも仲良くなれるはずだから。
「そうなのかもしれません。でも、今の私がこんな風に自然に話せるのは、一色くんだけですよ?」
嬉しそうに語られた有栖川さんのその言葉に、完全に不意を突かれた俺の胸は大きく高鳴ってしまう。
きっと本人は無自覚だと思うが、流石に今のはちょっと反則……。
「じゃ、じゃあこれからは、メッセージとか通して授業で分からなかった所を答える感じでいいかな?」
「はい! そうして頂けるとすっごく助かります!!」
「うん、分かったよ。えっと、それじゃあそういう事で……」
とりあえず、これで要件は済んだだろう。
これ以上の会話は俺のキャパ的にもそろそろ限界が近いため、一先ず会話を終わらせる事にした。
「ま、待ってください! それだけじゃないんです!」
しかし、終わりの空気を察した有栖川さんに引き留められてしまう――。
どうやら本日の有栖川さんのお悩み相談は、これだけでは終わらないようだった……。
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