第5話「メッセージ」
教室から出て行ってしまった有栖川さん。
まぁ次の授業が始まる頃には戻ってくるだろうと思っていると、それから暫くしてスマホにメッセージの通知が表示される。
そしてそれは、もしかしなくても有栖川さんから送られてきたものだった。
『いきなりビックリしちゃいましたよ!』
『というか、このキャラなんですか? すごく可愛ですね!』
『あ、可愛いと言えばうちのケンちゃんの画像も可愛くてですね!』
『って、ケンちゃんじゃ分からないですよね! うちのポメラニアンの名前です!』
『あっ! ごめんなさい! 一色くん犬が苦手なんでしたよね! それなのに私ってば、本当空気が読めないところがありまして……』
『ってもう! 私また関係無いメッセージ送ってますね!』
『わっ! お昼休みあと五分ですね! 急いで教室戻ります!』
そんな、有栖川さんから立て続けに送られてきたメッセージの数々。
何て言うか、うん……。
またしてもお悩み相談まで辿り着けなかった有栖川さんは、最早本当に悩み事があるのかどうかも怪しくなってくるレベルだった。
ちなみに俺が送ったのは、好きな漫画のキャラのスタンプだ。
そしてまたしても一人歩きしてしまっている有栖川さんだが、別に俺は犬を見る分にはどうという事はない。
俺はただ、犬と対面した際に感じられるあのいつ噛みつかれるか分からないという緊張感が苦手なだけなのだ。
しかしまぁ、そんな話は当然有栖川さんとはしていないため、こうして気遣ってくれた事は純粋に有難い事だと思うべきだろう。
それにしても、有栖川さんは普段ほとんど喋らないのに、どうやらメッセージ上だと結構饒舌になるようだ。
そんな新たな有栖川さんの一面を知れた事に満足しつつ、俺は一言『分かったよ、気を付けて』とだけ返事をしておいた。
そして暫くすると、ちょっと急いだ様子でチャイムと同時に教室へと戻ってきた有栖川さん。
しかし有栖川さんは、何事も無かったかのようにいつものクールモードで、さも平然とした様子で自席へ戻るとそのまま着席した。
そのおかげで、クラスの誰一人として、たった今彼女が慌てて教室に戻ってきた事には気付かない。
きっと有栖川さんは、これまでずっと注目を浴び続けてきたその環境のせいもあり、こうしてまるで仮面を付けるように外面だけは無にする能力を手に入れたのだろう。
しかし本当の彼女は、決して無関心でクールな性格などしていないのだ。
本当はツボが浅くてよく笑うし、すぐ慌てるし、なんなら顔や態度に感情が出やすいタイプですらあると思う。
そう思うと、何だかこれまで見てきたその無表情が悲しく思えてきた。
別に同情しようとかそういうつもりではなく、ただ有栖川さんが自分の個性を包み隠して、そうせざるを得なかった環境にあったという事がただ悲しかった。
――俺の前ぐらいは、これからもありのままでいて欲しいな
そんな学校一の美少女の表と裏に気付いた俺は、本当の有栖川さんでいられるように手助け出来たらなと思うようになった。
◇
そして、午後の授業も何事も無く終了し下校時間となった。
いつもなら、終了のチャイムと同時にさっさと下校するのだが、今日は隣の席の有栖川さんの事がちょっと気になって、このまま帰っていいものか様子を伺う自分がいた。
しかし、有栖川さんは鞄を持つとすっと立ち上がり、そして俺に目もくれずそのまま一人帰って行ってしまった。
てっきり有栖川さんから何かアクションがあったりするかもしれないと思っていただけに、そんなすぐ帰ってしまった有栖川さんにちょっと拍子抜けしつつも、これから隠れて会うとかそういう面倒な事には成らなかった事にむしろ俺はほっとした。
大分慣れては来ているものの、やはりあんな飛び級の美少女と二人で会うとかそういうのは流石にまだハードルが高すぎるのだ。
そういうわけで、少し肩の荷が下りた俺は少し間を空けて下校する事にした。
そしてそれからも有栖川さんからメッセージが届くとかそういう事もなく、俺はそのまま真っすぐに自宅へと辿り着いたのであった。
帰宅した俺は、いつも通り部屋着に着替えると趣味の漫画鑑賞を楽しむ事にした。
昨日は今日の事が気掛かりでいまいち楽しめなかった漫画も、無事今日をやり遂げた今ならば落ち着いて楽しむ事が出来た。
そして気が付けば晩御飯の時間になったから、母さんの作ってくれた天津飯をペロリと平らげた俺は、それからお風呂を済ませて少し勉強した後、全身に溜まった一日の疲労を感じつつ今日は少し早めに眠る事にした。
しかし結局その間も、有栖川さんからのメッセージが送られてくる事は無かった。
一日経ったものの、有栖川さんの相談事とは未だ何なのか分からないままなのだが、まぁ本人が言い出さない事にはこればっかりはどうしようも無いだろう。
そう思い寝る体制に入ったが、あれから一切有栖川さんから連絡が無い事がずっと気になってしまっている自分がいる事に気付いた。
もしこのままもう連絡が無かったら……いや、俺なんかが相手なのだ、むしろその方が自然なのかもしれない……。
すると、枕元に置いたスマホから通知音が鳴る。
こんな時間になんだと思いつつ、もしかしたらと思いすぐにその通知を確認すると、それはやっぱり有栖川さんから送られてきたメッセージを知らせる通知だった。
『起きてますか?』
時計を見れば夜の十時を少し回った頃。
起きていると言えば起きているし、寝ていると言えば寝ている時間だろう。
まぁ起きてるか寝てるかと言えば、既読を付けた時点で起きている事は伝わっているだろうし、有栖川さんからのメッセージに俺の眠気は一気に消え去ってしまっていた。
『起きてるよ』
何て返事したらいいのか迷いつつも、とりあえず返信をしなくちゃと思いシンプルに返事を送る。
すると、有栖川さんからすぐに返事が返ってきた。
『良かった! もう遅いから寝てしまってるかなと』
『そうだ! 私今日も犬の散歩してたんですけどね、もしかしたら今日もバッタリ会ったりするかなってちょっと思ってたんですけど、そんな事なかったですね』
『ってごめんなさい! また私関係ない話を』
相変わらずの連投である。
きっと続きがあるだろうと、有栖川さんから送られてくるメッセージが落ち着くまで一旦待つ習慣が俺の中で出来上がっていた。
『それで、あの、今相談に乗って貰う事は可能でしょうか……?』
そしてそんな連投の最後、ついに有栖川さんは本題に触れる。
こうして、ようやく有栖川さんが本題に触れてきた事で完全に目の覚めた俺は、一度起き上がって姿勢を正すといよいよその相談に乗る時がやってきた。
一体これから何を言われるのかという緊張感を増しつつも、誰もが見惚れるような美少女の抱える悩みとは何なのか、その事に興味が湧き上がってしまっている自分がいるのであった――。
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