第4話「昼休み」
結局次の授業から、有栖川さんは普段通り無表情でクールな感じに戻っていた。
もう俺と連絡先を交換した事で満足したのだろうか、すっかり落ち着きを取り戻した様子の有栖川さん。
そして、そんなコロコロと様子の変わっていく有栖川さんに、俺の興味は完全に奪われてしまっているのであった。
これまで絶対に手が届かない高嶺の花だと思っていた存在が、実はギャップの塊みたいな人で、今も現在進行形でその個性をふんだんに発揮しているのだ。
そんな有栖川さんの事が、気にならないという方が無理があるってもんだ。
ただそれは別に、異性として気になるとか好きになったとか、別にそういうわけではない。
そのぐらい身の程は弁えているし、こんな美少女相手に期待するだけ無駄だというのは平凡な自分が一番よく分かっている。
そのうえで、単純にこの絶世の美少女がどんな事を考えて普段過ごしているのか、そんなこれまで誰も知らなかった身近な特別な存在の本当の姿というものに興味が湧いてしまったのだ。
しかし、もしこの事が他の皆にも知られてしまったら、きっと今以上に有栖川さん人気は今より高まってしまうだろうし、その結果有栖川さんにとっては更に生き辛い環境になってしまう事は容易に想像できた。
だからこの、ある意味本当の有栖川さんの姿というのは、絶対に周囲には秘密にしておくべきだろう。
そう考えた俺は、もう有栖川さんとは連絡先を交換した事だし、皆にバレないようにメッセージを通して色々知っていければという期待に胸を躍らせているのであった。
そして、午前の授業が全て終了した。
ちなみにあれからの休み時間はというと、隣に俺が座っているから真横で連絡取り合うのが恥ずかしいのか、有栖川さんからのメッセージは送られては来なかった。
相変わらずクールな様子に戻った有栖川さんなのだが、休み時間も授業中も何度か横目でこっちをチラチラと見て来ていた事には気付いている。
しかし、少し慣れてきてはいるものの、やはりこんな美少女と目を合わせるというのは平凡な俺にとってはまだまだハードルが高いままであり、俺は気付いていないフリをするしかなかった。
――色々あるけど、気持ちを切り替えてとりあえず弁当だ!
そんな、あまりにも色々ありすぎた午前中だったけれど、ようやくお昼休みの時間がやってきた。
俺は授業と考え事で疲れきった脳へ糖分を送るべく、持ってきた弁当を広げる。
ちなみに有栖川さんはというと、普段昼休みになると自分の弁当片手にどこかへ行ってしまうため、基本的に教室内に姿は無かった。
一体どこでお昼を済ませているのか気にならないわけではないが、まぁきっと人目を避けてひっそりと一人弁当を食べているのだろう。
そう考えると、美人って得なようで大変だよなと思う。
きっと俺なんかでは想像も出来ないような、異性に対する苦労とか悩みがあるに違いない。
――でももしその件が相談事だったら、残念ながら俺では力になれないな
彼女いない歴イコール年齢の俺に、そういう恋愛沙汰とか男女の云々の相談に乗れるわけがないのだ。
というか、むしろ助けて欲しいのはこっちの方だ。
女子と会話する事なんて、これまで学校行事で必要に駆られてした程度で、休み時間に一緒に話をするような仲の良い女子なんて、これまでの人生一人として出来たことが無いのだ。
そんな事を考えながら、まずは好物の玉子焼きから頬張る。
今日も美味しい玉子焼きは、疲労も悩みも悲しみもその全てを打ち消してくれる。
うん、食ってやっぱり偉大だな。
そうして一人弁当を黙々と食べていると、隣の席の有栖川さんも鞄から弁当を取り出した。
そしてそのままいつものようにどこかへ行くのかと思っていたのだが、なんとそのまま自席でその弁当を広げ出したのである。
その光景に、俺だけでなくクラス中の人が一斉に驚く。
それもそのはず、あの有栖川玲が初めてこの教室で弁当を食べようとしているのだ。
そんな異常事態は瞬く間に広まってしまったようで、他のクラスの人まで集まってきて食事をする有栖川さんの事を遠巻きに眺めているのであった。
――まるで動物園のパンダだな
そんな光景を横目で見ながら、俺は有栖川さんに同情する事しか出来なかった。
しかし当の有栖川さんはというと、そんな集まったギャラリーの事なんて気にする素振りを見せず、なんならちょっとだけ嬉しそうに弁当をパクパクと食べているのであった。
その嬉しそうとは本当に微々たる表れで、きっと皆には普段のクール状態に見えていると思う。
それでも、昨日今日と急接近した俺には、席が真横な事もありその有栖川さんの微々たる変化が分かるようになってしまっていた。
弁当を食べる有栖川さんは、時折嬉しそうに自分のスマホの画面を見ては弁当を食べ、そしてまたスマホを見ては弁当を食べるという謎の行動を繰り返しており、何か操作するわけではないが弁当を食べつつスマホをいじり続けていた。
何をそんなに見ているんだろうと思い、本当は良くないがチラッとそのスマホの画面を見てみると、そこには今日友達登録し合ったメッセージアプリの友達一覧画面が表示されていた。
画面に表示された友達一覧は明らかに数が少なく、その数少ない中に自分のアイコンがある事に俺は何とも言えない優越感みたいなものを感じてしまう。
しかし、こんな美少女でもこれだけしか友達登録ないのかとちょっと意外ではあったが、よくよく考えてみれば普段から一人行動しかしていない有栖川さんならむしろその方が自然とも言えた。
まぁそれはいいとして、とりあえず何故有栖川さんはその画面をそんなに何度も嬉しそうに見ているのかが分からない。
それじゃまるで、俺が友達登録された事が嬉しいみたいじゃないか――。
なんて思ってはみたものの、そんなわけ無いのですぐにそんな馬鹿げた妄想をするのは止めた。
ただ、代わりにちょっとした悪戯心が湧いてきてしまった俺は、そんな有栖川さんにこっそりスタンプを送信してみる事にした。
突然スタンプが送られてきたら一体どんな反応するんだろうと、有栖川さんに興味津々な俺はバレないようにこっそりとスタンプを送信する――。
「うぇっ!?」
すると、急に届いた俺からのメッセージの通知に変な声を上げながら驚いた有栖川さん。
その反応は予想とは全く異なっており、そしてそんな変な声を上げて驚く有栖川さんに周囲の視線も何事だと一斉に集まってしまう。
「……もう、ビックリしちゃいました」
そして有栖川さんはというと、少し頬を赤らめながら横目で俺の方を見てくると、その赤く染まった頬を少しぷっくりと膨らませながら、俺にだけ聞こえるように一言そんな文句のような言葉を呟いた。
そして食べ終えた弁当を鞄へしまうと、そのまま浴びる注目を避けるように足早に教室から出て行ってしまったのであった。
しかし去り際の有栖川さんの表情は、怒るどころかやっぱりちょっと嬉しそうに微笑んでいた事を俺は見逃さなかった。
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