第8話「寝不足」
そして、次の日がやってきた。
結局昨日はあれから、結構眠たかったはずなのに有栖川さんとの通話の余韻が強すぎて上手く寝付けず、今日は朝から若干の寝不足状態となってしまった。
そうしてフラフラと学校へ登校した俺は、自分の教室へ入るとそのまま引き寄せられるように自席に座る。
今日も隣の席に有栖川さんの姿は無く、その事に一先ずほっと安心した俺は、眠気もあるためそのまま机に伏せて眠る体制を取った。
こういうのは、本当に眠らなくても目を閉じて身体を休ませるだけでも効果があるってどこかで聞いたことがある。
だから俺は、朝から机に張り付くようにグッタリと伏せていると、ガラガラガラと隣から椅子を引く音が聞こえてきた。
その音に気付いた俺は、眠たいのに思わず顔を上げてしまう。
そして隣に目を向けると、やはりそこにはたった今登校してきた有栖川さんの姿があった。
今日も朝からただただ美しい有栖川さん。
そして、その表情は相変わらずの無表情で――ん?
そこで、俺は一つの異変に気が付く。
――有栖川さん、ちょっと疲れてる?
昨日の夜は、あれだけ元気一杯に話していた有栖川さん。
しかし、今朝の有栖川さんの表情は何故だかちょっとだけ疲れているように見えた。
これもきっと、周りの人は気付かないレベルの変化かもしれない。
しかし、少しだけ目の下にクマがあるような、少しゲッソリした様子の有栖川さん。
そんな有栖川さんは、俺の視線に気が付くと前を向いたままこっちに視線だけぐいっと向けてくる。
そして、すっと自分のスマホを取り出したかと思うと、そのまま机の下で何やら文字を入力し出す。
ブブブ――
そして、まるてまそれに合わせるように俺のスマホのバイブが鳴る。
だから俺は、何だろうと思い自分のスマホを確認する。
『おはよう一色くん』
するとスマホの画面には、やっぱり有栖川さんからのメッセージが表示されたのであった。
なんと有栖川さん、隣の席だというのに俺にメッセージを送ってきたのである。
しかし、教室内で仲良く会話をするというのは色々と不味いというのも確かなので、ある意味一番的確な手法とも言えた。
だから俺も、そんな有栖川さんにメッセージを返す。
『うん、おはよう有栖川さん。今日も一日がんばろうね! ……と言いつつ、今日はちょっと寝不足なんだけどね』
相手はあの有栖川さんなのだが、俺はもう普通に友達とやり取りする感覚で送信した。
昨日有栖川さんとはあれだけ会話をした事だし、俺の中ではもうメッセージならこのぐらい砕けたやり取りをするぐらい平気になっていた。
――まぁ、直接向き合うのはまだ全然無理だけど……。というか、それはきっとこの先も無理だな
そして、そんな俺からの砕けた返信を確認した有栖川さんは、僅かに口角を上げて微笑む。
それからまた、嬉しそうにスマホに何かを入力し出すと、また俺のスマホの通知が鳴る。
『実は私も寝不足です』
なんと、有栖川さんも俺と同じく寝不足になってしまっているらしい。
成る程、だから今朝はちょっと疲れて見えたのか。
となると、昨日あの通話を終えてから有栖川さんも夜更かししたって事だよな。
でもあの時、おやすみなさいって言ってたような……そこまで考えて、俺はもしかしてと思う。
そしてそれと同時に、続けて有栖川さんからメッセージが送られてきた。
『昨日のお話の余韻がその、残ってしまいまして……』
そのメッセージで語られた寝不足の理由とは、俺と全く同じ理由なのであった。
つまり有栖川さんも、俺との通話の影響で寝れなくなったと……。
そう思い、再び有栖川さんの方に視線を向けると、俺の視線に気付いた有栖川さんは少し恥ずかしそうに頬を赤く染めているのが分かった。
その、無表情なのに頬を赤らめるアンバランスさと、有栖川さんが頬を赤らめているという状況に、俺はもうどう反応していいのか分からなかった――。
だから俺は、そんな有栖川さんに返信を返す。
『まだ朝のホームルームまで時間あるから、休むに限るよ』
そうメッセージを送ると、俺はそのまま再び机に伏せて見せた。
こうして寝ちゃえばいいんだよと伝えるために。
そして机に伏せながらチラッと横目で隣の様子を伺うと、なんと有栖川さんも俺と同じように机に伏せているのであった。
そして顔はこちらを向いており、お互いの顔と顔が向き合ってしまう。
すると有栖川さんは、目が合うと普段の無表情を崩し、代わりに俺に向かって優しくふっと微笑んでくれたのであった。
そして声は発さないものの、周囲には分からないようにそっとその口を動かす。
『お・や・す・み』
そうして口だけで言葉を伝えてきた有栖川さんは、また嬉しそうに微笑みかけてくるのであった――。
だから俺も、何とか作り笑いで有栖川さんに微笑み返すと、そのまま自分の腕の中に顔を埋めた。
さっきの有栖川さんの仕草を前にしてしまった俺は、その破壊力に今日も朝から胸をドキドキとさせられてしまい、おかげでもう完全に目が覚めてしまったのであった――。
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