第6話 オムライス

次の日は、日向の心配をいい意味で裏切る形になった。見事あっぱれ日本晴れ!




「こうき!早くいこ!」




 日向は玄関を出てすぐに強い日差しに身を焼かれる。そんな日向の事情は他所にマリーは日向の手を引く。頭に被った麦わら帽子がマリーの純白さ純粋さを一層引き立てていた。


 今日はバスで隣町のショッピングモールに行く。三年ほど前に出来た大型のショッピングモールで、近隣の若者が休日に遊びに行くとしたら必ずと言っていいほど選択肢に入る。そんなところだ。日向は休日に知り合いと会うのは嫌だなぁと思いながらも、妹とマリーの二人のはしゃぎ様を見ると、口に出すのは憚られた。




 家を出て一時間半。バスに揺られ日向たちはショッピングモールに到着した。マリーはその巨大な出で立ちをした物体を前に、都会に始めて来た田舎者のごとき反応を見せていた。


 現在時刻は11時33分。




「とりあえずどっかで昼飯にしないか?買い物はその後で」


「ちょっと早いけどいいよ。マリーちゃんお昼何食べたい?」


「オムライス!」




 マリーは即答した。




「おいおい、それだとマリー昼も夜もオムライスになっちゃうぞ?」




 純粋な疑問だった。




「いいの」




 しかし、マリーは苺の手を握り締めほっぺを膨らませてそっぽを向いた。




「お兄ちゃんには分からないでしょうねぇ」




 苺は小声で言ってくる。どこか得意気というか、小馬鹿にしたというか、そんな顔だった。




 そして、三人は洋食屋に来た。


 マリーは本当にオムライスを頼んでいた。運ばれてきたオムライスとにらめっこする。オムライスを見るマリーの目はまるで、試験管を見つめる科学者の様だった。たまごに突き刺さった国旗を抜き取り、スプーンでたまごを割り、舐めるように断面図を観察する。日向は夜ご飯に不吉な予感を感じたので、軽食で済ませた。




 お次は服屋だった。


 もちろん女物の服屋だ。日向は場違い感から周囲の目を常に気にしていたが、二人はそんな日向に構う素振りは一切ない。苺はマリーに服を着せてはかわいいかわいい。あっちも似合うこっちも似合う。あーもうこの際全部買ってしまおう。苺さん苺さん、これ以上は食費が無くなってしまいます。


 ちぇ。




「こうき」


「なんだ? マリー」


「こうきはなにが好き?」




 蚊のような声。


 マリーは日向の袖を掴み、俯きながら言う。




「うーんとな」




 日向は先程目をつけておいた服を手に取る。




「これとかはどうだ?」




 それは、理想の女の子を体現すべく作られたような。見るのも着るのも勇気が要りそうな。並の女の子だったら恥ずかしくて目を背けたくなるような。


 そんな純白のフリルだった。




「へぇーお兄ちゃんそういうの選ぶんだ。へぇ」




 別の服を畳みながら横目で苺が言ってくる。言うな。選んだこっちも恥ずかしいんだ。




「いちご、これ。欲しい」




 マリーは相変わらずの小さい声で妹に言う。




「はいはい。分かりました、分かりましたー」




 マリーは喜びの、期待の表情を浮かべた。何故だろう。マリーの表情を見た日向は、異様なほどに冷静だったのだ。




 時刻14時48分。


 最後は、モール内のスーパーで買い物をすることになった。目的はもちろんオムライスの具材である。




「ふむふむ。15時30分から卵がタイムセール……」




 日向がカートを押し、苺が食品をカゴに入れていく。惣菜を吟味するその様子は隣の熟年主婦と並んでも遜色ない雰囲気。マリーは苺にベッタリとくっついて、時々苺の動作を真似したりしている。まるで母と子みたいだと、日向は思う。


 すると、




「あっれ〜。そこに居るのは日向くんじゃん!」




 日向の右手前から、俵正美が話しかけて来たのだ。どこからどう見ても家族連れの同級生を見て、あっさりと話しかけて来れる正美のメンタルの強さたるや否や。




「こ、こんにちは、俵さん。どうしてここに?」


「親に頼まれて買い物。それより後ろ二人は妹さん?」




 日向はマリーについてどう説明するか逡巡する。




「私は幸希の妹の苺と言います。この子は親戚の子で遊びに来てるんです」




 苺がフォローする。




「そうなんだぁ。この子すっごく可愛いね!」


「そうなんですよぉ」




 正美は苺と会話に花を咲かせる。マリーは苺の後ろに隠れていた。




「あ、そうだ。日向くん」




 正美が日向に視線を向ける。




「進路希望の紙って書けた?」




 予想外の言葉に思考が固まる。どう返せばいいのか分からない。日向は口を半開きにしたまま、下を向いてしまった。




「そう。まだ時間はあるからゆっくり書いてね!それじゃあ私は行くから。じゃあねー」


「さようならー」




 苺は正美に手を振る。「ただいま卵のタイムセール中でーす!」「まずーい。行かなきゃー」


 日向は下を向いたまま立ち尽くしていた。




 夕方。


 空は赤く染まっていた。日向たちは西日に向かって家路を歩いている。




「かゆ」




 マリーは左腕を掻いている。蚊に刺された跡だ。




「掻いちゃ治らないよ。後でムヒ塗っておこうね」


「うん」




ひぐらしが鳴いていた。もうすぐ日が沈む。




 そして夜。


 日向は苺に教えられながらオムライスを作るマリー後ろ姿を見ていた。




「マリーちゃん。こうやって卵を広げて、火の通りにくい中心を菜箸で……」


「うん」


「そうそう。上手上手」


「最後は、載せたチキンライスをこう……やって卵を被せるの」




 どうやらオムライス作りも大詰めのようだった。




「お兄ちゃん出来たよー」




 妹とマリーが三つのオムライスを持ってくる。ひとつは絵に書いたようなオムライスで、もう二つは卵の形に崩れがあり、誰が作ったかは一目瞭然だった。




「ありがとな。マリー」




 日向はそれをおくびにも出さずに笑顔を向ける。




「うまく……できなかった」




 落ち込んでいるのが目に見えて分かってしまう。




「そんなことないよ。形は歪でも……」




 日向はオムライスを勢いよく食べ始めた。


 マリーは目を丸くしている。




「こんなに美味しいんだから。作ってくれてありがとなマリー」




 日向は本心からそう言った。


 するとマリーは、握りあった両手を胸の前に持ってきた。


 ―――嬉しい……こと。こうやって……忘れないようにするの―――


 マリーに本心が伝わったのかは日向には分からない。いや、本来言葉なんてものは曖昧で、自分の考えたことが百パーセント相手に伝わるなんてことはないんだ。言葉という不確実なものを使う限り、人間は一生分かり合えることは出来ないんだろう。


だけど。だけれど、今、目の前のこの子が喜ぶのなら。


たとえ分かり合えなくても。言葉はそんなに悪いものじゃないだろう。




「いちご! 後でもう一回作る!」




 昼の予感は的中し、日向はその後動けなくなるまで食わされるのだった。










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