第5話 贈り物

「こうき。いちご。おかえり」




 玄関のドアを開けると、音を聞きつけたマリーがリビングから出てくる。




「ただいま」


「マリーちゃんただいま。今ご飯の準備するから待っててね」




 苺は靴を脱ぎながら言う。




「いちご」




 マリーが聞く。少しそわそわした感じの。躊躇いを含んだ口調で言う。




「お料理、手伝う」






「いやーまさか。マリーが料理出来たなんてなー」




 日向は苺とマリーが共同で作った野菜炒めにありついている。包丁の扱いも苺が教えていた分、夜ご飯を食べる頃にはすっかり日が落ちていた。




「ありがとなマリー。美味しいぞ」




 日向はマリーを見るが、マリーは頬を赤らめ目を逸らしてしまう。




「マリーちゃん今度は何作ろっか?」




 苺が聞く。寸刻、マリーは考えるように口に手を当てると、




「こうきは……何食べたい?」




 そう言うと、先程恥ずかしさから目線を逸らしたのは嘘のような、大きな瞳で日向を見つめている。


 不意を突かれた日向は少し狼狽えてしまう。


 だが、冷静に考える。初心者でも作れて、美味しくて、安全な料理……




「オムライスとか、かな?」




 日向は苺を一瞥する。簡単そうで実は難しいものを……という顔をしている。申し訳ない。




「分かった」




 マリーは淡々と食事に戻る。




「そうだ!」




 苺が手を叩いて言う。いいこと思いついたって感じだ。




「マリーちゃん明日お出かけしない?オムライスの食材買わないとだし、マリーちゃんに合う服も買わないとだし。あ、もちろん三人で!」




 苺が言うと、再びマリーは日向を凝視する。その目はまるで見つめられた者は否が応でも首を縦に振らなければならない呪いにかかる魔眼の類いのものだった。




「分かったよ」




 日向は二つ返事でオーケーする。


 マリーは少しはにかんだ。それは、とても自然な表情だった。




 夜。


 苺とマリーは同じベッドで寝息を立てているであろう頃。日向は机にある一枚のプリントと向き合っていた。プリントには進路希望調査という文字。


 日向は将来を考えるのが嫌いだった。理由は自分の将来を想像すると放課後の時みたく、自分が分からなくなるのだ。ただただ、不安感が頭に貼り付いて離れない。思考に靄がかかったようで、視界も不安定になる。そして、意識が回復するとその時の記憶は消えるのだが、不安感の尻尾が残っていてとにかく不快なのである。しかしながら、日向は真面目な性格上、義務感やら責任感やらが働いて逃げることも出来ないのだった。


 ピンポーン。


 家のインターホンが鳴る。時計を見ると、二十一時を回っている。こんな夜遅くに訪ねるとはどんな神経しているんだか。日向はその非常識な輩の顔でも拝んでやると息巻いて二階を降りる。


 玄関に着き、カメラ越しの人物を確かめる。


 カメラ越しに映る人物は………………四月一日柑奈、その人だった。


 日向は靴のかかとを踏み潰した状態でドアを開ける。




「か、柑奈さん!? ど、どうしてこんな時間に!?」




 日向は錯乱気味に尋ねる。




「えっとね……渡したい物が、あるのです」




 柑奈は間を置いて話す。そのおかげか日向は自分の落ち着きのなさに気づき、遅れて恥ずかしさが出てきた。




「この前。佐伯先生がね、サポートするって言ってたでしょ?」




 柑奈の一言で理解を得る。なるほど。マリーが用件な訳だ。




「はい、確かに言ってました」


「それでね、佐伯先生から君に贈り物。はい、これ」




 そう言うと、柑奈は立方体の箱を渡してきた。持った感じ中身は分からないが重さはある。どうやら金属が入っているようだ。




「あ、ありがとうございます。これをマリーに渡せばいいんですね?」


「違うよ」


「え?」




 予想外の一言で頓狂な声が漏れる。




「違うの。これは佐伯先生から君への贈り物。だからマリーちゃんの物じゃない」




 柑奈からは強い主張が感じられる。




「え、ど、どうして僕に?」


「私にもそれは伝えられてないの。ごめんね」


「そうなんですか……」




 微妙な空気になる。




「あと、まだ伝言があるの」




 そう言うと柑奈は、




「まず、それはマリーちゃんには見せないようにして欲しいの。」


「え?どうしてそんな……」


「理由は聞かないで」




 日向の疑問は完全に握り潰される。




「もうひとつ、それは幸希君。君が不安に陥った時にこれを使って」




 柑奈はそう告げると黙ってしまう。質問も出来ない日向はただ立ち尽くすばかりだった。




「じゃあね幸希君。夜分遅くにごめんね。おやすみなさい」


「は、はい……おやすみ……なさい」




 そう言って柑奈は去って行った。佐伯と柑奈。二人は一体何者で何を知っているというのか。日向には想像もつかないのだった。






 オルゴール……だった。


 日向は箱を開けると、そこには両手に収まるサイズのオルゴールが入っていた。




「マリーに知られてはならない……不安な時に使え……」




 柑奈から言われた二つの指示。日向はいくら考えても答えの出ない問題に付き合うのはやめにした。


 ベットに身を投げ出し目を瞑ると、外から小雨の音が聞こえてきた。


 柑奈は雨に濡れてないだろうか……


 明日は晴れるだろうか……


 いつしか、日向の思考は小雨と一緒に夜の闇に消えていった。

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