第4話 花の証明

 火に大地、雷に風、大気、そして、水――。

 この世界を構成する源は、そのまま魔法の属性名にも使われており、魔物の分類にも一役買っている。とはいえ、魔物の全てが必ずしも特定の属性に縛られているわけではない。その魔物と獣の掛け合わせにより生まれた魔獣も然り。

 そんなわけで、特定の属性を持たないレティの放つ魔法は、どれも同威力、かつ、多彩であった。円筒の結界の中で披露される魔法の数々は、魔法の見本市と評しても過言ではない。

(お金取れるレベルだなぁ……)

 惚けた顔のヒナゲシは、目の前の光景をどこか他人事のように見つめるのみ。

 何をしても傷どころか汚れ一つつかない毛玉に対し、レティが取った次の行動は、狂ったような魔法の連撃だった。

 火が駄目なら爆破。爆破が駄目なら雷。雷が駄目なら斬撃。

 凍結させてみたり、潰してみたり、刺してみたり。

 縛りつけて寸断、張りつけて強打、囲って収縮。

 ――等など。

 隙なく放たれる連続魔法には、普段の彼女からは想像できないほど容赦がない。

 本来であれば、主たるヒナゲシがこの辺で止めるべきなのだが、レティ同様、毛玉の無傷っぷりに停止した思考は、続いて結界の中、渦巻く水流にぐるぐる回される毛玉を見て、呑気に思う。

(これは……洗濯機。あんなに水を含んだら、中からカビそう……)

 最早、毛玉が生きた魔物であろうことも忘れ、今からでも洗剤を入れれば、少しはマシな仕上がりになるだろうか、と本気で考え始める。

「!」

 しかし、水が消えた瞬間に、それまでとは違う気配を感じたなら、即座に我を取り戻し、茶色い三角耳の間へ、そっと手を置いた。

「レティ、そこまで」

『主、様……』

 ヒナゲシの静かだが抗いを許さない声に、耳を伏せたレティがこちらを見る。複雑な感情が入り交じる茶色の瞳へ頷きつつ、伏せた耳ごと頭を撫でる。宥めるように、あるいは慰めるように撫でながら、ヒナゲシの目は白い毛玉を映す。

 これまでの様子から、レティの魔法でついた傷はないようだが、小川から掬いあげた時同様、水を含んだ姿は打ち上げられたクラゲのそれ。

(効果があったのは水だけ……でも、本当に効いているのかな?)

 ずぶ濡れの状態でぷるぷる震えている毛玉は、弱っているようにも見える。

(小川の時は賢者様が戻したけど、実はこのまま放っておいたら解決する? それとも……濡れたままだと問題がある、とか)

 可能性としては後者の方が高い。

 ヒナゲシ公認の胡散臭い賢者は、その胡散臭さとは裏腹に、ヒナゲシは元より、エントの村人たちを危険に晒すような真似はしない。それどころか、守ろうと行動することがほとんどだ。だからこそ、危険性の増す後者だが、それとてやはり、考えすぎだとヒナゲシは小さく首を振った。

 賢者は言ったのだ。この毛玉は「安全」だと。

 一番の懸念である食事にしても、生涯に一度きり、主が見るのは稀――と。

 ならばやはり、ずぶ濡れ状態になっても、毛玉に変化があるとは思えない。

(結局、ふりだしに戻るのか……)

 レティの魔法がことごとく効かない状況と、ヒナゲシから離れようとしない毛玉の行動に、再び悩みがのしかかる。

『主様……』

 そんなヒナゲシを察してか、レティから伺う”声”が発せられた。

 ヒナゲシは虚を突かれたように、撫で続けていた手を止めると、レティを見る。

(まあ、でも、今はレティもいるから)

 大丈夫と告げる代わりに、レティの頭を軽く弾ませたヒナゲシは、獣使いの本分と、レティの能力を思い出して言う。

「そうだな。嗅いだ感じはどう?」

 対魔物用生物として人工的に生を受けた魔獣は、魔法に依らない方法で、魔物の状態を知覚できる。レティの場合は、犬に似た見た目のためか、嗅覚にその能力が備わっていた。

 ヒナゲシの指示を受け、少し上向けた鼻がピクピク動く。

『……正直なところ、何も分かりません。はっきり言えるのは、私の魔法はやはり効いていないことと……魔物で間違いはないはずなのに、全く脅威を感じられないことでしょうか』

(その割には、容赦なかったけど)

 つっこみは心の中だけに留めておく。そうは言っても、分からないモノには恐怖を感じるもの、それが遺伝子レベルで敵と植えつけられている相手ならば、なおのこと恐ろしい、というのは想像だけで理解できるゆえに。

『あの、主様?』

「うん?」

『コレに懐かれたと仰っていましたが、どういう経緯で懐かれたのですか? それに、意思疎通ができるのですか?』

 できれば最初に問うて欲しかった。

 今更な質問には少しだけ苦笑し、頬を掻く。

「偶然川に落ちたのを助けたら懐かれた、みたい。”声”で話したわけじゃないから、本当のところは分からないけど。ただ、こっちの言葉は分かるんじゃないかな、たぶん」

 要点だけを伝えたなら、レティが考える素振りで首を傾げた。

『こちらの言葉は分かる……』

 呟き、一つ頷いたレティは、毛玉へ言う。

『魔物、お前の事情は知らない。知りたいとも思わない。だが、お前が主様を害する気がなく、今後も傍に侍りたいと、身の程も弁えず出しゃばるのならば……証明しなさい。お前が主様やこの村の者たち――人間たち、それと私たち魔獣に危害を加えないという証明を。――ああ、でも、お前を魔物と判じた自称賢者は殺しても構いません。いえ、寧ろ殺しなさい。それも証明としましょう』

「…………」

 さらりと付け加えられた不穏。

 妖しく光るレティの目を認めながらも、ヒナゲシは聞こえなかったことにする。

 ついでに「私は何も知りません」と態度でも示すべく、あらぬ宙へと視線を逸らしたなら――

「……花?」

 上からひらりと花びらが舞い落ちる。

 狭い詰め所にはない彩り。

 驚きのままに見上げても、迎えるのは見慣れた天井。

 しかし、そこから滲むように、色とりどりの花びらがふわりふわりと現れる。

「どうして」

 口にはするものの、宛てのある疑問に視線が毛玉を見た。

 ――はずだった。

 だが、そこにあったのは花の塊。

 それが花に埋め尽くされた毛玉と理解するまで、さして時間はかからなかったが、

『きれい……』

 先ほどまでの剣呑はどこへやら、うっとりしたレティの”声”を聞き、ヒナゲシは一面花が咲き乱れる中で小さく呻いた。

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