第3話 野菜の値段について調べます

「いようタクちゃん、久しぶり」

 ニートになり、農業――というか野菜の値段についてあれこれ調べるために大河が向かったのは、農家として働く同級生、烏丸からすますぐるのところだった。


「あれー、どうしたの~突然。家庭菜園でも始めるの?」

 中性的な見た目で言動も性格もおっとりとしており、勉強も出来るしなんでもこなすまさに「お嫁さんにしたい男子No1」の座をほしいままにしていた当時と変わらぬ様子だった。

 額の汗を拭いながらナスやトマト、キュウリを収穫する姿は美しさすらある。

 だが男。

 巷にあふれる男の娘とかいうよくわからぬ存在ではなく、正真正銘の男。

 でもきっとフリフリのドレスとかスカートとか似合いそう。

 これは彼個人の感想ではなく人類が抱くに違いない総意であると断言しておく。


「当たらずしも遠からず。なかなか鋭い」

「ちょっと待ってねー、もう少しで一列収穫終わるから」

 目の前には学校のプールほどの面積の畑がいくつもの区画に分かれ、それぞれにずらりと野菜が実っている。

 この畑ではピーマンとキュウリが半々に植えられている。

 等間隔に植えられた支柱に絡みついたツルが身長よりも高く伸び、収穫される時を今か今かと待ち構えている。


「まだ穫れるんだな。もう九月じゃん」

「そろそろ今シーズンもおしまいかなー。ハウスで作ってるトマトとキュウリはもう少し残ってるよ。あ、トマト食べる?」

 差し出されたトマトをひと噛り。

 程よい酸味と太陽の熱が残った微妙な火照り具合が採れたてということを証明している。

「美味い! この酸味がトマトって感じだ」

「本当はもっと甘いトマトも作れるんだけど、夏のトマトは酸味が欲しいよね~」



「いやぁ、ごちそうさん」

「いえいえー。それで、なにか用?」

「おっと、そうだった!」

 卓の言葉がなければそのまま帰ろうとしていた。


「へいタクちゃん。『いつどんな野菜を作れば儲かるか』なんて情報、欲しくない? 欲しいよな、な?」

 大河は親指と人差指で輪っかを作りながらグフフと怪しい笑みを浮かべる。

 情報商材を売りつける悪徳勧誘そのものだった。

「えー、そんな怪しい話はいらないかな~」


「いやすまん、言い方が悪かった。俺はそういう情報に価値があると思っていて調べたいんだが、何をどうやって調べたら良いのか全然わからん。だから農家のタクちゃんなら何かわかるんじゃないかと思って」

「あー。なるほど~」

 左手を顎に付け、んーと考え事をしている。

 そんな悩ましげなポーズすら様になっているなと感心する。

 一応断っておくが彼は同性愛者の類ではない。

 ただ彼が、卓があまりにも美しいのだ。

 畑は人を美しくする。

 これはそんなお話である。

 いや、違う。


「そもそも、野菜の値段ってどうやって決めてるか知ってる?」

「ん……いや、わからん」

 大河は考えてみる。

 近くのスーパーには毎日のように野菜が並んでいる。

 それは地物から他府県のものまで、時には海外産のものまで出回っている。

 その値段など、正直なところ気にしたことはない。

 というか普段自炊するわけでもなく、じっくり買い物するのに見て回るところなどコンビニくらいのものだ。

 スーパーに行くにしても惣菜コーナーばかりで、入口付近に野菜コーナーがあるという認識を持っているだけで、近づくことは殆どない。


「野菜って値段が決められているんじゃ……あー、いや、なんかニュースでよく『野菜が高騰しています』とか言うもんな」

「そう。小麦粉や缶詰みたいに小売価格が一定じゃないんだよ、野菜って。生モノだから収穫量も日々変わるし、値段も毎日変動してるんだ」

「えーっと、じゃあ何か。農家さんが『今日は100円な』みたいに毎日値段を決めてるのか?」

「うーん惜しい。そういうことも出来るけど、じゃあその値段ってどうやって決めるのか、ってことにならない?」

「確かに。最初に指標がなければ決めるのは難しいよな」


「そ・こ・で、いわゆる野菜の相場を調べるための手段として、『市況』を見ると昔から相場が決まっているんだ。相場だけにね」

「別に上手いこと言えてないぞ」

「むぅ」

「やだカワイイ!」


「野菜や果実がどれくらい出荷されて、いくらで売れたのかをまとめたものが市況だね。これは農業新聞とか地方紙でも、前日分の市況が載っているから参考にするのが一番手っ取り早いんだけど」

「今ドキノ若者、新聞トラナイ」

「うん、そうだよね~」

 彼は基本的にツッコまない。

 大将なら「なんでカタコト?」などと言っただろうなと思いつつ、卓とのやり取りは基本的にこういうものだと割り切りながら会話を続ける。


「今ならネットでも市況速報は見られるから便利だよねー。しかも当日の情報がわかるから、デキる農家はハイテクを駆使しているものなのだよ~」

「進研ゼミみたいなものだな。ネット市況で同業者より一歩先へ、みたいな」

「見たところでどうしようもないんだけどねー。結局野菜は収穫しなきゃだし」

「デスヨネー」

 土手に腰掛けながら小一時間、実のあるような無いようなやり取りを繰り返していた。



「よし、とりあえず実際に見てみた方が早いかな」

 そう言って卓は軽トラからiPadを取り出す。

「スマホよりは見やすいだろうし」

「おいおい……農家がiPadなんて持つまで時代は進歩したっていうのかい!?」

「生育管理もするしー、何ならドローン飛ばして種蒔きや農薬だって撒くよー」

「あっごめん。本当に無知なのは俺の方だったわ」

 最近の農家は進んでいる。

 いやマジで。


「ここは関西地方のどこかが舞台っていう設定だから、大阪市中央卸売市場の本場の市況を元に説明するねー」

「設定とか言った!」

 メタ発言は程々に。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る