第2話 相場師ごっこをやります
「ハハハハハッ、なんそれっ!」
「笑い事じゃないっての!」
「いや~、高校からの付き合いだからもう十年来になるっけ。相変わらず飽きさせないな~」
「こちとらもっと平穏無事に生きたいよ。くそぅ、飲むぞっ」
部屋の一角で缶ビール片手に赤ら顔の若者が二人。
本来なら居酒屋で一杯と行きたいところだが、これも新型ウイルスの影響である。
ツマミにはピザポテト、さきイカ、極細ポッキーと無限ローテーションが組めそうな食べ合わせである。
つい先日リストラどころか会社そのものが無くなってしまった大河は、数少ない友人の
「トラチャンもツイてないねぇ、卒業ギリギリでなんとか内定もらって入社できたのにねぇ。ま、五年ならもった方じゃない? 悪くない、うん、悪くない」
大河→タイガー→トラいう連想ゲームみたいなあだ名でずっと呼ばれている。
この友人の名付けセンスは独特だ。
「
「といっても俺、今の会社で三社目だけどな」
「えっ」
「IT企業の方がな、よっぽど浮き沈み激しいんだぜ……」
ニヒルな笑いを浮かべ、中身が半分は残っている缶ビールを一気に呷る。
社会人には酔いたい夜もあるということだ。
「んで、これからどーすんの」
「いやまぁ、失業保険でももらいながらしばらくはのんびりと過ごそうかなって」
「それもアリっちゃアリだなー。俺も最初の会社が潰れた時は焦って就職したけどさ、やっぱ考えずに決めたらウマが合わなくてすぐに辞めちゃったんだよ。自分にあった会社をじっくり探すためにも、まずはリフレッシュ期間が必要だ」
「経験者は語るねぇ」
大河はさきイカを咀嚼しながら頷く。
彼は指先が汚れることを極端に嫌がるのでさきイカばかり手に取っている。
しかし酔いが回るにつれて「そんなの関係ねぇ」とばかりにピザポテトを複数枚掴んでは豪快に口に入れる。
コンソメパンチもある。サラミもある。個包装のひとくちカルパスがさらに待ち構えている。
ネットではバカにされがちなストロングゼロ文学というものに飲まれてしまいたくなるような、そんな心持ちだった。
「そーいや大将さー、なんか投資やってるんだっけ。オススメとかないのー? オヌヌメないのー?」
「お前の絡み酒タチが悪いな」
「俺も不労所得で暮らしたいなー!」
「だったらマンションか駐車場だな」
「こーんなド田舎で誰が駐車場なんて使うんですかコノヤロー! 路駐ですかー! 取り締まり、ダァー!」
「うーん、これは活きのいい酔っぱらい」
二人の飲むペースはさほど変わらない。
ただ大将は酒に強く、大河はヤケになっていたのだ。
「そうだなぁ。株式投資でも始めちゃうか」
「かぶー? ブンブンブブブン」
「それはスーパーカブ……いやバイクだけどなアレ!」
「スーパーカップ? アイスなの? ラーメンなの? どっちがタイプよ!?」
「いや確かにどっちの話してるかわからなくなるけど! ちなアイスはハーゲンダッツ派」
「はぁー!? このブルジョワがっ!」
「じゃあお前はスーパーカップなのかよ!?」
「いや、神戸スイーツの牧場アイスクリーム」
「このブルジョワがっ!」
「ブルジョワは株の一つや二つ嗜まないとな、って話」
「強引に戻した……。とりあえず買っといたら問題ない堅い業種ってのがあるんだよ。よく言われているのが『鉄道株』と『航空株』と『電力株』だな」
「よっしゃ全力で投資ダァー!」
「あっおい、ちょっと待て。ウソだ、ウソウソ。こいつらは逆に素人が絶対に手を出してはいけない業種だからな」
「そーなの」
「そーなんす。特に通勤や出張、観光に使われる鉄道や空輸なんかはまだしばらく需要が回復しない。長期的に見たら回復するかもしれないが、いつが底値でいつ売買するべきかの見極めが非常に難しい」
「ほへー」
「逆に今熱いのは海運だな。物流関連はずっと堅調な動きで新型ウイルス関係なく需要が伸びていたわけだが、今回の新型ウイルスの大流行でますます需要が増えた。しかも特定の地域じゃなくて世界規模だからな」
「えーなになに。つまりスエズ運河買い占めちゃえばイイってこと?」
「お前が大富豪だったら買い占めた後に通行料だけで遊んで暮らせるだろうな」
「俺が、俺達がブルジョワだっ!」
「お前無職だけどな」
この友人、酔っ払いの相手もお手の物である。
「ほら、他にも株のもっとすごいやつあるじゃん。なんだっけ、ファックスみたいなやつ」
「FXか?」
「そうそれ。えふえーっくす!」
「それは空中元彌チョップだな」
「よくわかったな」
「わからいでか」
「あれは!? あれはすごいのか! なんかこう、ギャンブルって感じがして一切調べなかったんだが、どうなんだ」
大河は酔っ払っても呂律が回らなくなることはないが、語彙力が著しく低下する。
いや、誰でもそうだ。
「俺も詳しくないけど止めとけ。お前みたいなものぐさが手を出したら一瞬でもっていかれるぞ」
「右腕を?」
「全身」
「ケツの毛まで?」
「ケツの毛まで」
「そっかぁ……全身脱毛は興味ないからいいや」
「そいつは良かった。俺も無二の友人が身ぐるみ剥がれて路地裏に捨てられるところなんて見たくないからな」
「俺のために一肌脱いでくれたんだね」
「羅生門的な都合のいい解釈してんじゃねえよ」
支離滅裂などお構いなし。
これが酔いどれの純文学である。
「いっそのこと農家にでもなっちまうとか」
「農民の、ちょっとイイトコ見てみたい、ってやつか」
「それ一揆、一揆……って俺反逆者になっちゃうじゃん。大塩平八郎みたいに乱起こしちゃうつもりは無いよ!?」
「あの人農民じゃないけどな。米騒動と関係あるってだけで。ああでも、悪くないんじゃない。アイツもいるし、いざとなれば話は聞けるさ」
彼らの同級生で共通の友人に就農者がいるのだ。
「農業か……最悪死ぬことはないもんな」
「そうそう、自分で育てた野菜でも齧ってりゃ餓死はしないさ」
「よし決めた」
「農家にでもなるのか?」
「いや、投資先の話」
「?」
「これからの時代は原点に戻って一次産業の需要が増えていくはず。だから野菜や果実、漁業に林業といった生産性のある業種が重要になる。そこで成果物を管理して拡充させていくことが必要になる。だが野菜は旬があるし相場も年中安定しているわけではない。ここにヒントがある。儲ける手段は株と同じだ。安い時に買って高い時に売る。つまり、相場が安定しないからこそ、その情報には価値が生まれる。相場を見極めて、農家には作るべき野菜を、小売には買うべき野菜を、そういった情報を提供することで市場の安定化を図れる。そんな情報を用意できれば俺も不労所得でウハウハな生活を送れるのでは!」
「え、お前酔っ払った方が賢いんじゃね」
「――つまり、投資するなら株じゃなくて蕪ってことだ!」
雑なタイトル回収だった。
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