第33話 侵攻

侵攻


 シュナイダーは司令部に戻った。疲弊しきった重機の乗員は全員が倒れこむように休んでいる。シュナイダーは彼らが眼を覚まさぬよう、静かにその場を立ち去った。その近くで整備兵がきびきびと動き回っている。シュナイダーはそのうちの一人を捕まえ、状況を確認した。外部の損傷は軽微でも、内部は相当の部品交換やオイルの交換をしなければいけない車両が多いという。比較的軽い整備で済むものが数両あるということで、それの整備を優先するように指示を出した。全ての重機を送り込むことができないなら、せめて条件のいいもので送り出してやりたい、という信条である。敵小型飛行体の様子を見る限り一度に運ぶトラックは10両程度。重機用の大型ハーフトラックの大きさを考えれば、8両がせいぜい。

ということは重機は最大8両がそろえばいい、という計算である。

一方海上のドイツ艦隊では、着々と侵攻の準備が進んでいた。フォッケウルフへの再度の爆装は終了し、いつでも出撃可能だった。FDGでは砲塔の掃除も終わりすぐにでも発砲可能な体制を整えていた。地上の重機部隊が上手く敵飛行体に乗り込め次第、艦隊が援護に出る手はずになっている。

シュナイダーはそちらの準備は部下に任せ、もう一つの懸案事項、「蚩尤」の調査の進行度合いを確認した。蚩尤はその大きさゆえに真っ当な方法で調査できるはずもなく、建物の建造の要領ではじめられた。工兵が足場を組んで蚩尤の上層部への取りかかりを作っている。現状ではいまだその段階で、まともな調査は入っていない。シュナイダーは蚩尤から情報を得ることは後回しにし、当面の戦闘に集中することにした。

重機の兵装は標準装備の改37㎜機関砲と、重機用パンツアーファストを選択した。この兵器は対戦車用に開発されたものであるが、人間用のものをそのまま大型化したため、重機には扱いにくく、あまりにも命中精度が悪く実戦での使用を控えられていたものであるが、艦を内部から破壊することが目的であるから、破壊力が高ければ多少標的を外しても良いだろうという判断である。

部隊の搭乗員には先の戦闘の英雄、エゴンミュラーとカール・エルベスが選ばれた。

飛行体の監視には、やはり数少ないフォッケウルフが回された。敵母船への爆撃用とそれの護衛、そして密かに飛行体の護衛。

あれほどの巨大な敵に効果的な攻撃を仕掛けるには少なすぎる数ではあったが、ぜいたくを言える状況ではない。その中飛行体の護衛には白騎士オット・バウリの編隊が回された。

敵地に乗り込む部隊には万一に備えての護衛にはせめてエースパイロットを回そうというグランスの思いやりだった。

戦闘はFDGの砲撃で始まった。敵母船があまりにも巨大であるため少々の狙いの甘さは関係なく確実に着弾している。海上からは機関の位置の確認が取れないため、あくまでも上空から爆撃するフォッケウルフ隊の援護のための射撃である。その射撃のすきを突いてフォッケウルフが爆撃のために発進する。命令では機関部を狙えということだったが、どこが機関部なのか上空から見ても皆目見当がつかなかった。プロペラもなければ、ノズルやスラスターもなく、一体どういう理屈で浮いているのか、飛行しているのか、それすらわからなかった。やみくもに爆撃をしても、どれだけの効果が上がるか不明ではある。

少なくともFDGの砲撃で敵母船は傷付いているようには見える。それでもこのまま砲弾が尽きるまで打ち続けたとしても撃沈できるとはとても思えなかった。

となれば、内部からの破壊か本当に機関を見つけて破壊するしかないが、敵もやられたままになっているわけがない。今まで荷物の輸送に従事していた小型飛行物体がFDGに向けて飛行を開始した。母船に向けて攻撃を開始したFDGを敵として認識したのだ。

航空機に対して、護衛戦闘機のない艦船は無防備に近い。真珠湾やミッドウエーの惨劇を知らないドイツ軍でもその程度の常識は持っていた。ゆえに爆撃を終えたフォッケと護衛機はFDGへ飛んで返した。

 FDGの砲撃で慌ただしくなった状況のなか、重機を積んだ小型飛行物体は他の飛行体と同様、無事ハッチに飛び込むことに成功した。

重機の操舵室に座り身を任せるしかなかった搭乗員たちは待ってましたとばかりに、トラックから降車した。護衛についていたフォッケウルフはそのまま爆撃している仲間の元へと向かった。突入した友軍の身を案じつつ。この時点で、フォッケ隊は、小型飛行物体が次々とFDGに向けて飛んでいく姿を確認した。オットらは追撃したい気持ちを抑えつつその小型機を見送った。

一方、エゴンミュラーらは小型飛行体のハッチが開くと勇んで飛び出した。幸い今のところこの場所には稼働している敵機は存在しなかった。荷物を降ろしている飛行体が数機とそれを下ろす作業員がいるだけである。

しかも作業員は突然の重機の突入に慌てているおろおろしている。

先に侵入したプリュムらの部隊がどこかにいるはずだが、見当たらない。あるいは他の滑走路に降りた可能性もある。だがそれにはかまっていられない。情報取集が先である。

エゴンミュラーは外部スピーカーに繋ぎ作業員に呼びかけた。呼びかけられた作業員は驚いているのか、ドイツ語が分からないのか、整備していた飛行物体の前から逃げ出していった。ちっとカールは舌打ちした。独自に進行ルートを探すか、と考えたがその前にやることがあった。敵小型飛行物体を破壊することができるか、のテストである。

その場には二機の飛行物体が存在した。一機は被弾しているように見えた。明らかな弾創があり、到着したばかりなのかエンジンがかかっている。もう一機は完全停止状態にある。

まず、ヒュルヒュルという高音のエンジン音らしき音を立てている飛行物体を37㎜機関砲で狙撃する。直撃した、と思ったとたん機体の直前で弾かれたように弾丸はそれてあらぬほうに飛び、置かれていた荷物の山に飛び込んだ。荷物が吹き飛び、ばらばらと散乱した。

一方カール・エルベスはエンジンの稼働していない完全に機能を停止している機体に向けて発砲した。これも弾かれるか、と思ったが予想に反してその弾丸は飛行物体に直撃した。

ドンという激しい音とともに飛行物体の表面に大きな穴が開き亀裂が走った。

「なんだ、これは!」

予想外の結果に二人は驚いた。攻撃した二機の違いは一つ。エンジンがかかっているか、停止しているかの差だけだ。エンジンが鍵だ、エンジンの発するエネルギーが障壁の役割を果たしているに違いないと考えた。

そしてもう一つ重大なことに気付いた。攻撃の出力や大きさ次第では敵を傷つけられる、もしくは敵の障壁の出力が落ちているときには攻撃が通じる、ということだ。それはエンジンのかかっている一機が、何者かに傷つけられた跡があるにもかかわらず今の攻撃が通じなかったことから想像できる。

無線で地上部隊との通信を試みたが雑音ばかりで何も通じない。この重大な発見を伝えるためには味方が偶然付近を飛行したときに伝えるしかない。

が、地上部隊に連絡は取れなかったが意外な効果が上がった。先に侵入したプリュムの部隊がその通信を傍受し連絡してきたのだ。

が、雑音がひどくうまく聞き取れない。

唯一わかったことは彼らがすでに船内奥深くに入り込んでいることと通行した通りに目印を残してきたということだった。

プリュムは友軍がやってきてくれたことに安どした。司令官シュナイダーの事は信頼していたが、あの強力な敵兵力の前に援軍を送りこめるとは正直なところ半信半疑だった。むしろ全滅してしまうのではないか、との考えのほうが強かった。そしてそれはプリュムらが迎える未来の姿でもあろうと考えていた。そこに一筋の光が見えたのだ。

絶望の中の希望、パンドラの箱の中にただ一つ入っていた希望だった。

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