第32話 会談

会談


 シュナイダーは補給とは別に歩兵に活動を停止した蚩尤の調査を命じた。

兵たちが次々とトラックに乗り込み走り出した。

見上げれば大型飛行物体は未だ何の反応も示さず輸送業務に徹している。

「一体何を考えているのか?ここまでの状況になれば、友軍を救うために反撃なり救助なりを行うのが通常だが」

シュナイダーと同様なことはグランスも考えていた。全く別の指令系統で動いているとしか思えない、敵各部隊のばらばらな動きの分析は今後の戦闘に役立つだろうとは考えている。そのためには地上部隊と情報交換を行い、連携を深めていかねばならない。だが、どちらの人間が相手先に出向くかが問題となる。同じドイツ軍で同じ戦場にいるとはいっても所詮行き当たりばったりに近い作戦、相手の司令の名前も階級も知らない。相手が自分の上官であれば呼びつけるわけにはいかないし、逆であればわざわざ危険を冒して出向くこともない。そこで使いを送って様子を見ることにした。すなわち、回転翼機を送って司令官に出向きたいが、そちらへ行ってもよいか問い合わせるのだ。そこで、あちらが回転翼機に乗ってくればよし、悪くても相手の階級はわかる。

回転翼機のパイロットは着地するのが憂鬱だった。これだけ砂があれば機材の中に入り込み、後の整備が大変になる。整備の連中にどやされるのが目に見えていたからだ。

案の定地表に近づくにつれ、舞い上がる砂の量が増えていた。そして鼻を衝く異臭が広がってきた。焼け焦げた油や硝煙の臭いに交じって広がる肉の焼けた臭い、死臭だ。兵士や作業員の遺体の焼け焦げた臭いである。よく見ればあちこちに死体が散乱している。人としての形をとどめていないもの、真っ黒に焦げて炭と化しているもの、様々である。

それら同朋に起きた悲劇を見て見ぬふりをして着陸した。

そして、パイロットは地上部隊の司令官にグランスの親書を手渡した。待つこと数分、すぐに返事がきた。司令官自らがたった今回転翼機に同乗してFDGに向かうというのだ。

指揮を放棄して安全な戦艦に逃げ込むなど、あきれた話だと思ったが、その感情を下っ端の彼はおくびにも出すわけにはいかない。事務的に命令に従うだけである。

だが、やってきた司令官の顔を見て彼は自分の考えが間違っていることに気付いた。

司令官シュナイダー少将の顔は知性と経験に裏打ちされて作られた風貌に加えて苦痛と苦悩に満ちていた。多くの部下を失った悲しみと今後の戦局の難しさへの対処を考えてのことだとすぐに察しがついた。「優秀な司令官だ」というのは戦場経験の少ない彼にとっても見て取れた。以前一度だけ見たことのある砂漠のキツネ、ドイツの英雄ロンメルにも全く同じ印象を持ったからだ。FDGへの飛行中、騒々しいローター音の中パイロットは声をかけてみた。「閣下はロンメル元帥にどこか似ておられます」

その言葉でシュナイダーは苦悩に満ちた顔を緩めた。

「元帥は私の師匠だよ。君は元帥を知っているのかね」

十分ほどの飛行時間の間二人はロンメルの思い出を語り合った。FDGに着艦したころにはパイロットははるか雲の上の存在、少将と親しく話せたことに感激していた。そして回転翼機から降りる際には少将から握手を求められ礼まで言われた。この経験がのちに彼を対宇宙人戦争での英雄へと押し上げていくことになる。

 グランスとシュナイダーの会見は速やかにはじめられた。挨拶もそこそこにお互いが置かれた状況と持っている情報の交換がはじめられた。

「まずは来援に感謝する」

最初に口を開いたのはシュナイダーだった。そして静かに状況を説明した。本国ドイツがすでに敗北していることも伝えた。対してグランスも彼らが導き出した結論を述べた。

「推論をもとに行動するしかないというわけですな。本国亡き今我々に戦う理由はなくなったといえなくもないですが、私は軍人として任務を真っ向しなければならないし、今現在も戦っている部下がいる。是非貴艦にも協力いただきたい」

陸続きで情報の入りやすいシュナイダーらと違って孤立無援の南極には未だ本国敗北の知らせは届いてはいなかった。敗北という事実の前に動揺しない者はいない。しかし、グランスは本国では冷遇されていた身で事実上南極艦隊に左遷された身だった。政府がなくなるということにさして思い入れがあるわけではなかった。だが、部下と家族のいく末が心配だった。

「終わった戦争のために部下を失うわけにはいかない、というのが私の本音ですな」

自分の身ではなく先ず部下の身を案じたグランスの発言にシュナイダーは意外に骨のある男だ、と感心した。と同時にこれは時間のかかる交渉ごとになるな、と覚悟した。

が、そのシュナイダーの覚悟もグランスの戦闘継続への躊躇も吹き飛ばす爆弾が突如侵入してきた。ニコライ二世だった。

「戦争は終わらない。諸君らがあいつらを打倒さない限りはな。ここで、こうしてつまらない話をしている間に、どんどん荷物をあの飛行船は積み込んでいるぞ。人間もな。あそこに連れ込まれる者どもも、いずれは余の民となるものたちだ。なんとかするのが、武人ではないのかね。そうだ、あれを打ち落としたら諸君らを帝国貴族にしてやろう。余の名を上げるために、精進したまえ」

話す言葉の端々から酒のにおいが漂っていた。「俗物が」と思いながらもシュナイダーは元皇帝の言葉に耳を傾けざるを得なかった。あるいは彼の話すことの中にグランスを説得する何かがあるのかもしれなかった。

「あれが本当に宇宙人のものだとしたら、あの者どもはどこに連れていかれるのだろうな、奴隷ならまだしも食糧にでもされるのかもしれないな」

ニコライの言葉は事の核心をついていた。

シュナイダーは今の言葉に過去のいきさつを思い返し、はっと気づくことがあった。

巨人兵器に乗っている手足を切られた人間、運ばれる異常な量の物資、一緒に連れて行かれる作業員、運ばれる船。そして、ニコライの言葉、かつて出会った明石平八郎の話。

それらの話を総合した推論はグランスらが導き出した推論とほぼ同じであったが、一点においてより凶悪であった。

「やつら宇宙人の目的は、工業力不足で作れないものの補充、労働力、兵士、そして最終的に食料になる人間を一挙に手に入れることが目的なのではないか。そしてそれを防ぐための防壁が我々ツングースカ協定機構軍であり、百目ではないか」

そういう推論を導き出した。そしてそれをグランスにたたきつける。

「人間を食料とするだと?それはあくまで、君の推論だろう」

とグランスは返答はしたものの少し考え込んだ。

「もし、もしだ、それが事実だとしたら、これから先の未来、我々の星はどうなる?

やつらに搾取されたままになるのか。我々の家族も子孫もやつらの餌食になる可能性がある、ということだな」

「今、叩き潰さなければ、そういう未来もありえますな」

シュナイダーはそういってじっとグランスの顔を見つめた。ニコライは酔いが回ったのか、イスに座り込み眠り込んでいる。右手にはしっかりとウオトカの瓶を握りしめている。

グランスはたっぷりと5分は考えた。その間シュナイダーは目をそらすことなくグランスの顔を見つめていた。ここでのグランスの決断がシュナイダーとその部下の運命を決める。握りしめた彼のこぶしはねっとりと汗をかいていた。

「わかった。現在の部下の命も大事だが、息子や孫の世代の事を考えよう。おそらく、皆わかってくれるはずだ。自分の命よりも子や孫の未来を選んでくれるはずだ。加えて言うならば、我々は敗軍、このまま連合国に投降してもどんな未来が待ち受けているかわかったものではない。共に戦おう」

シュナイダーはその一言に心底ほっとした。先に敵母船に潜入しているプリュムら部下の努力を無駄にせずに済み、なにより敵打倒のために強力な味方を得たのである。

ニコライの体たらくには正直なところ軽蔑の感情しか湧かなかったが、彼の言葉でグランスを動かす切っ掛けになったことには感謝し、握られたままのボトルをそっとテーブルに置いた。その後は今後の行動計画である。本来ならば、詳細に詰めなければならないところだが、戦闘は継続中である。悠長に時を過ごしている暇はない。シュナイダーはFDGに到着するまでに考えていた計画を話した。

プリュムの部隊と同様、敵小型飛行体を利用した重機の輸送と敵母艦への侵攻、艦砲による機関と思われる部分への攻撃と航空機による爆撃。外部と内部からの破壊の両面作戦である。複雑なタイミングの調整の必要ない単純極まりない作戦であったが、他に手はなかった。問題は敵の飛行体を利用するという不確定要素だった。

「すでに部下が敵母艦に侵入をしている頃である。敵司令部の制圧を命じてあるが、あれほどの巨大な船のどこにあるかを探るだけでも困難至極。おそらく発見することも不可能だろう。せいぜいが内部に混乱を起こすのが関の山だと考えている。そこで、重要なのが外部からの攻撃による機関の破壊。地上に落としてしまえば、戦車隊を投入できる」

その依頼は素直に受理されたひとまずはシュナイダーの思惑通りに事は動き出した。

部屋を出る際、眠りこけるニコライを振り返り、その姿にシュナイダーは思わず自分の姿を重ね合わせていた。「敗戦を知った後、投降していたら自分もこのように過去の栄光を振り返り、酔い潰れるだけの老人になっていたかもしれない。いつまでも戦場にいられるのは、宇宙人のおかげか」そう思いつつ敵である宇宙人に感謝している自分に気づき苦笑した。


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