第31話 フリードリヒデアグラッセ反撃

フリードリヒデアグラッセ反撃


FDGは蚩尤に対して平行に艦体を向けた。砲撃可能な砲塔を多くするためである。

この体勢をとることで、前部後部甲板合わせて主砲八門副砲十二門が一斉に火を噴くことが可能になる。

再びコリブリが着弾観察のために飛び立った。蚩尤は戦車隊の攻撃で足止めされている。

艦砲による砲撃を加えるには絶好のタイミングだった。

「撃てっ」

まずは初弾が火を噴いた。赤く黒い炎がFDGを包む。海面が発砲の衝撃波で半球状に湾曲する。爆音が周囲に響き渡り、地上にいた人間皆がFDGを振り返った。蚩尤との戦闘に懸命になっていた者も皆がその雄姿を見た。そして驚喜の雄たけびを上げた。これで勝つための要素が一つ加わったのだ。

その発砲音は当然蚩尤にも届いていた。敵を粉砕しようとしていた鉤爪を引込めその爆音の方向を振り向いた。FDGの放った初弾は当然のことながら当たらない。着弾位置を測定し、次弾をより正確に放つためにあえて推定目標よりも近い距離に打ち込む。

「すぐに次弾が来るぞ!総員退避」だれともなく各車両が退避を始める。発砲の手は休めない。逃げつつも打つ。蚩尤の注意がFDGに振り向けられた隙をついて各車停止し連射し、再び逃げる。先ほどよりもより多くの弾が放たれ、そして命中精度も上がっている。そしてついに当初の目標であった右足の装甲は砕け落ちた。後にはむき出しになった機動部品が姿を現した。しかしその部品の一部には明らかな有機物が含まれていた。それは人工筋肉と言って良いようなものだった。隆俊がそれを目撃していれば、チベットで手に入れた鬼型巨人の内部にあったものと同じだとすぐに分かっただろう。白く繊維状の物体が束ねられるようにまとまり、機動部品と部品の間を繋いでいる。蚩尤の移動に連携し、それは反応し、あるいはショックアブソーバー、あるいは筋肉そのものの役割を果たしているように見えた。

当然のことながら全車それに向かって打ちまくる。いくら巨大といっても艦砲で打つには小さすぎる目標だ。そして移動しているとすればなおさら狙い撃つのは困難となる。せめて、移動を止めることができれば、量で精度を補うことが可能となる。だから、動きを止めるために打って打って打ちまくる。

 FDGは射撃目標を修正し、第二撃の準備に入っていたが、移動する蚩尤に発砲を躊躇していた。狙いが定まりきらないということもあるが、友軍を巻き込む可能性がでる。

その第二撃が届かない理由は陸上部隊にもわかっていた。一秒でも早く敵の動きを止めなければならない。援軍の働きを無駄にしないという意思を持って放たれた砲弾は人工筋肉に突き刺さった。が、人間のそれと同様、弾力と剛性を併せ持ったそれは砲弾が突き刺さることを拒否したが、火薬による熱と発射された空気との摩擦によって生まれた熱によってその表面は焼かれた。その途端蚩尤の動きは緩慢になった。動きが遅くなれば地上部隊からの攻撃も命中精度が上がる。

舞い上がった砂は落ち着きかけ、蚩尤の反撃も始まったが地上部隊の攻撃は緩まなかった。もうすぐこいつにとどめをさせるという予感があったからだ。

そして三両のティーゲルと一両の重機の犠牲を払ってついに蚩尤はその歩を止めることに成功した。

 FDGの艦橋ではその陸上部隊の奮戦の様子を確認していた。コリブリとの連絡は相変わらず無線障害が激しく、光信号でのやりとりで複雑な情報交換には向かない。かといってコリブリを逐一帰還させ報告させるには時間がない。やむを得ず双眼鏡を使っての情勢判断になる。蚩尤の動きが次第に緩慢になりついには動きを止めたのが確認できた。そして陸上部隊が徐々に遠ざかっていく様も確認できた。

ここは阿吽の呼吸でもって、陸上部隊の撤退を信じ攻撃を開始することを決断する。

主砲副砲合わせて計二十門が一斉に火を噴いた。海面が幾重にも半球状にくぼみ衝撃波が広がった。その衝撃波は大気を震わせ、着弾は大地を震わせた。

第二撃は蚩尤には直撃はしなかったものの、周囲の砂を巻き上げた。そしてそれは意外な効果をもたらした。海に近い砂浜は水を含み、えぐられた穴から水が徐々に染み出してきた。その水は毛細管現象によりいままで乾燥していた砂を濡らし、蚩尤の足元を崩し始めた。そうなれば後は文字通りなし崩しとなり、砂の崩壊が蚩尤の重量で加速し、ついには崩れた穴に落ち込み完全に動きを封じることになった。

続いて第三撃、第四撃が放たれた。三撃目でついにFDGの副砲の一弾が蚩尤に着弾した。

それは装甲を貫くにはいたらなかった。しかし、胸の装甲は砲弾を完全に弾き返すことはできず、大きな凹みを生じることになった。戦艦の砲であれば敵に損害を与えることができるということを証明したのだ。この結果は大きかった。そして続く第四撃は決定的だった。ついに主砲弾が蚩尤に直撃したのだ。その一弾は肩に直撃し、ティーゲルを散々苦しめた鉤爪ごとちぎり飛ばした。蚩尤はそれでもなお、立ち上がり反撃しようと試みていたが、ぐずぐずと崩れる砂場で、破壊された足では立ち上がることもままならず、舞い上がる砂で光学兵器の威力は落ちていた。対人用の音響兵器も砲撃の爆音で用をなさず、唯一使用可能な稲妻兵器を使用するにも標的となるべき戦車も重機も射程距離から遠ざかっていた。そして蚩尤にとどめを刺すべく神の使いともいうべきものが現れた。

爆走したTa109Jの編隊である。250K爆弾を搭載した機体が20機、次から次へと爆弾を投下していく。傷ついた蚩尤を葬るには十分すぎるほどの火力だった。

人工筋肉を弾き飛ばし、小さな部品は消し飛び、装甲も猛火で焼かれた。爆風で舞い上がった砂は損傷した個所から機内に大量に入り込み、部品と部品の間を侵食した。

 シュナイダーはとりあえずの戦闘の終結を予感した。撤退を始めている部隊を呼び戻し、修理と補給を命じる。部隊に未だ輸送活動を続けている飛行物体の活動を止める余裕などないことは火を見るより明らかであった。優先すべきは兵の休養と補給である。兵も兵器も疲弊した状況では次にあるかもしれない戦闘には対応できない。現状では全滅するだけである。そして、敵飛行物体に忍び込んだであろうプリュムらの身を案じた。

 プリュムらはアランの働きもあって首尾よく飛行物体に乗り込んだ。順番待ちをしていた連中からは暴力に近い苦情が来たが、全ては金で解決できた。トラックごと飛行物体に誘導されたが、誘導していた連中は地球人であったし、何の検査も行われなかった。この時間が一番危険と見込んでいたプリュムであったが、あまりのあっけなさにかえって驚きを覚えた。飛行物体に乗り込む寸前、トラックの荷台で巨大な爆発音を彼は聞いた。FDGの発砲音だった。幌の破れた隙から外をのぞくと、トラックが乗り込んだ先は倉庫のように広いだけで他には何もなく、どういう仕掛けか、全体が薄明るく照らされていた。停車位置まで誘導する人間たちは、これ以上車を積めないと判断すると急いで飛行物体から降りて行った。

そして飛行物体は緩やかに浮上した。浮上の瞬間に一瞬ぐらりとしたが、そのあとは何の振動もなく、低い振動音が飛行をしていることを感じさせるだけだった。

そのプリュムの乗った飛行物体と爆装したフォッケウルフと護衛機の編隊がすれ違う。お互いそれと知らぬまま友軍は自分たちの戦いへと突入していった。

オット・バウリは蒼空を飛び交う敵飛行物体を見ながら「よくもあんな形状で飛行できる」と感心していた。戦闘用ではないにしても、あまりにも空力抵抗を無視した形状のうえ子供の落書きのようなデザインだからだ。が、見た目とは裏腹にしっかりとしたぶれることなく真っ直ぐに飛行できる様子は練度の高いパイロットの搭乗を予想させた。

撃墜してみたい、という衝動に駆られるものの今は爆撃機の護衛が優先である。敵の攻撃を予測できない限りは編隊行動を解くことはできない。

そして、彼は見た。FDGの砲撃で断末魔の叫び声をあげるかのようにでたらめに砲撃する蚩尤の姿を。「あれが敵!」黙示録に登場する悪鬼のような姿に恐怖を覚えつつも、爆撃は開始された。恐れたら負けである。恐れず、冷静に爆弾を投下する。そうすれば爆撃の精度はあがる。逆に、恐れ、冷静さを失えば簡単に死につながる、それが戦闘機パイロットという職業である。その点彼らは優秀だった。着実に爆撃を完了させた。

結果、蚩尤はその活動を停止した。

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