第34話 船内

船内


プリュムらの元に、その友軍が現れる少し前の出来事である。敵飛行物体で母船の中に運ばれた彼らは作業員の指示で飛行物体からトラックごと下ろされ、奥へ進むように指示された。毒を食らえば皿まで、とその指示に従った。彼らが降りた後には作業員が残された荷物を下ろすため飛行物体の中に入って行った。いかにも此処の作業に慣れている風の動きだった。トラックに乗ったまま奥へ進んだ。通路というよりも、巨大な倉庫という感じで、あちこちに放置されたまま整理されていない荷物が見受けられた。前方にはやはり別の飛行物体で運ばれたと思われるトラックが走っている。中はライトをつける必要のない明るさがある。つぶさに観察すれば高さは15メートル以上はあるように見える。広さは、荷物に遮られ全体が見渡せないため見当もつかない。飛行物体も何機も駐機しているのが見える。中には発進していくものも見えた。

わずかにヒュルヒュルと音を立てて静かに浮上するように浮かび上がり、横滑りするように飛び去って行った。何度考えてもその飛行の仕組みはプリュムにはわからなかった。

来援があった時のために床にペイントして進行方向を示すことも抜かりなく行う。そして写真も撮る。戦闘状態にない今の状況であればその程度の余裕はある。

しばらく走ると駐車場のようなところにたどりついた。トラックが整然と並んでいる。

作業員から停車するように指示が出された。大人しく指示に従い停車させる。車を止めると作業員はドライバーについてくるように指示した。ドライバーは大人しくついていく。

プリュムは決断した。ここで、トラックより降下し攻勢に出る。

一気にトラックから武装兵は降り立った。驚いたのは作業員だ。ただの荷物だと思っていたものが兵士だったのだ。それが牙をむく。一瞬にして作業員はとらえられた。

プリュムはその男に尋問した。が、言葉が通じなかった。ドイツ語、フランス語、英語いずれも通用しなかった。男の反応をみるとヘブライ語に似た言葉を発していた。男は脅えきっていて、片言ではあるがヘブライ語で話しかけても言うことが判然としない。

止むを得ず、男を連れたままプリュムは先を進むことにした。

駐車場の奥にはさらに奥に包む通路がいくつも伸びていた。高さは幾分低くなり幅も10メートル程度になっていた。トラックでも進めそうではあったが、エンジンの立てる音が敵を過度に刺激するのではと気になった彼はドライバーと通信手を残しいつでも呼び出せるように手配し徒歩での進行を開始した。

プリュムはとらえた男に案内するように促した。男ははじめは抵抗するそぶりを見せたが、すぐに素直に従った。諦めたのか、それとも他の意図があってのことなのか、意外なほどの素直さだった。

通路の壁沿いには青白い光を発するライトのようなもの、またグリップのようなものが一定距離を置いて設置されている。そのグリップのあるラインにはレールが敷かれ稼働するのではないかと思われた。

歩いていて気付いたが床が妙に頑丈にできている。相当な重量に耐えられそうである。荷物を満載したトラックの走行を想定しているのはわかるが、気になるのは高さだった。トラックが通過するには必要以上の高さがある。考えられることは一つだった。ここが巨人兵器の通路だということである。あの巨体がこの場で走行しても問題がなさそうだった。突き詰めていえば、この場で戦闘行動に入っても問題がなさそうであった。

プリュムはいやな予感があった。母船に侵入するまではすんなりと入れた。チェックもない。あまりにもすんなりと入りこめすぎた。何らかの罠か理由があるに違いない。

そしてその予感は当たった。前方から振動とリズミカルな重低音が響いてきた。巨人兵器の足音であった。通路は広いだけで身を隠すスペースはない。戻るには遠くまできすぎた。

あの兵器に生身で戦う覚悟を決めなければならなかった。

37㎜砲の直撃を受けても平然としていた相手である。機関銃やパンツアーファスト程度の武装ではまるごし同然だった。この程度の戦力では皆殺しにされるのが眼に見えていた。

せめて先制攻撃で勝機に繋げられれば、と考えフォーメーションの指示を出した時だった。

捕虜の男がプリュムの動きを止めさせた。身振り手振りと判断しにくいヘブライ語で攻撃するな、攻撃しなければ安全だ、と言っていた。

何を根拠に、とプリュムは思ったがありうる線だ、とも同時に考えた。ようするに動物と同じなのだ。野生動物も突発的な至近での遭遇や子供連れでもない限り、山の中で遭遇しても刺激をしなければ、何事もなく離れることができる。それと同じである。

巨人が何事もなく通り過ぎるまでは緊張だけであった。部下がよくも恐怖に負けずに自制して発砲しなかったものだと思う。すれ違いざま、間近に見た敵の巨人兵器は、圧倒的な迫力があった。機能停止している状態と、いつ攻撃されてもおかしくない状態では巨人兵器の持つ雰囲気はまるで違う。なまじ人の形をしているだけに、単純に大きいというだけで人の心理に与える影響は大きい。加えて先ほどまでの戦闘で何両ものティーゲルを屠った相手である。相手がその気になれば、生身の人間など瞬時に殺される。皆がその恐怖をたっぷり味わった。その恐怖の大きさゆえに、攻撃を仕掛けようなどという気持ちにならなかったのかもしれない。ともかくもプリュムの部隊は一つの山を越えた。

「敵は攻撃を仕掛けなければ、相手からの先制攻撃はない」

ということに確信を持った。この点は戦略上極めて大きい。戦わずして敵の中枢に近づくことが可能となるのだ。

「しかし、なぜ敵は攻撃してこないのか?」

当然の疑問であったが、プリュムは一つの仮説を立てた。

「敵は地球人のことを家畜程度にしか見ていないのではないか、家畜であれば自分の家の敷地内をうろうろしていても気にすることはない。飼い犬も噛み付かなければ叩かれることはない。それと同じ理由なのではないか。家畜だと思うからこそ、人間を部品として機械の中に組み込むなどというようなことを平然とできるのではないか」

ということである。そう考えれば全てに合点がいくのである。そしてその思考の最悪の結論は、家畜は不要になれば食糧に回される、骨まで利用しつくされる、ということである。プリュムは自分の思考に悪寒を感じた。

プリュムの部隊は通路を進行した。ところどころ枝分かれし分岐しているしエレベーターのようなものもある通路だが、捕虜は真っ直ぐに進んだ。そして、行きついた先は、巨人兵器の整備場だった。ハンガーに固定されている巨人兵器が十数両あり、その先にはまた別の通路がつながっていた。

その通路に侵入すると、通路の左右に扉がいくつも見える。捕虜はその扉の一つを開けた。罠か、とも考えたが捕虜は躊躇せず中に入っていった。

床一面に布団のように見えるぼろ布が敷き詰められている。布の下に敷かれているのは藁のようであった。少し離れたところにはトイレのようなものも見える。そして、汗や糞尿のまじりあった臭気。まるで家畜小屋であった。その中で寝ているものもいる。

やはり人間は家畜扱いされている、プリュムは確信した。

捕虜はドイツ人がその部屋の様子を見たことを確認すると再び通路に戻り別の扉を開けた。

その光景を見たものは皆絶句した。胃の中身を吐き出すものも続出した。記録班の16ミリカメラはかろうじて回り続けていたが、カメラマンはファインダーから目を背けていた。

そこは工場だった。

複数のベッドに人間が乗せられている。その中には先ほどの地上戦に巻き込まれたのではないかと思われる負傷者が何人もいた。あるものは腕がちぎれ、あるものは頭から血を流していた。外見上は怪我のないものもいた。老人や病人である。そこがただの病室ではないことにはすぐに気付いた。ベッドにはキャスターがついており簡単に移動できるようになっている。そのベッドを移動させ筒状の機械に押し込む人間がいる。その人間は乱入した軍人を気に留めることもなく黙々と作業を続けている。その目つきはうつろで意思を感じさせないものだった。そしてその機械の先には、両手両足を切り取られた人であったものが幾体もあった。

「我々の末路だ」

捕虜がポツリとつぶやいた。

捕虜は部屋を出ると通路を進み始めた。そして不意にプリュムを振り返った。

「私の知っている全てを見せる。救ってくれ、私の家族を、仲間を」

そういう瞳からは血のような涙があふれ出していた。

捕虜はぽつぽつと話し始めた。片言のヘブライ語と訛りの激しいヘブライ語の会話はお互いの会話を理解するのに時間を要した。だがその余計にかかる時間や手間はお互いのことを理解するのに役に立った。真剣に自分の意思を伝えようとすれば、その意思は言語や文化の差を超えて伝わるものだ。それが人間の信頼へとつながる。その状態が今捕虜とプリュムの間に起きている。プリュムはこの男は信頼していい、と思った。思わず彼に名前を聞いていた。

「アポロ」

ギリシャの太陽の神の名前だった。

「君の家族や友人を救うにはどうすれば良い」

アポロに対して目覚め始めていた友情と、任務とを同時に成立させる質問だった。

「火星に家族が住んでいて、人質にされている。私たちは火星人の命令に殺されようと逆らうことはできない。この船はいずれ火星に向かう。火星に行って奴らを皆殺しにしてくれ。方法は教える」

そしてプリュムは知った。火星人の正体を、目的を、敵の倒し方を。

そして、船に乗り込んだ同朋の無線を傍受したのはその時だった。

人型重機に乗った同朋が、船の外部と連絡を取ろうとしているようだった。その通信が途切れた瞬間を狙って呼びかけた。雑音がひどいがなんとか連絡をつけられた。彼らはこちらに向かうという。いよいよ反撃の時がやってきたのだ。

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