第9話 訓練
訓練
ドラム缶のような円錐に機械でできた手足をはりつけたおもちゃの兵隊のような姿をしたそれは「リーゼンパンツアー人型重機」一部の兵からは「だいだらぼっち」と呼ばれていた。重機の訓練を始めて一週間、金は操舵室に乗り込みその予想以上の性能に感嘆していた。全高5m、重量4.2t、サイズにしては軽量のボディに20㎜機関砲改良のハンドキャノンを軽々と振り回し、大和坂と呼ばれる第一主砲塔から艦首にかけての傾斜を疾駆する。マイバッハ製エンジンは軽快な音をあげ、マニュピレーターは本物の腕のように繊細に反応する。部下の重機も金の機体に追従するがその動きによどみがない。
見た目は鈍重だがその機動性は陸戦兵器としては最速といってよかった。そして被弾を減少させるための曲線で構成されたボディ。地上でもっとも固いといわれる装甲材。
「素晴らしい。こいつは言葉通り一騎当千。こいつに乗れば兵の損耗などほとんどなくなる。これが10年前にあれば、大陸の紛争も米英との戦争もとっくに終わっているだろうし、祖国の独立もかなったかもしれないな」
日本海軍陸戦隊の隊長としての素直な感想と、朝鮮半島出身の彼にとって祖国が亡くなった者の本音だった。しみじみと過去に思いをはせる。併合という名の事実上の国の消滅、その後の両親の苦労、盟主国の資本投下による国土の急速な発展、官僚階級の支配からの解放。親から聞いた話、自己の体験をふまえても国が失われて良かったのか悪かったのか、その評価を下すことは難しい。ただ一つ言えることはこの戦争に勝たなければ、故国の独立も望むべき未来もやってこないということだけである。艦首にたどり着けばいつものように射撃訓練である。甲板を走りながら浮かべた吹き流しを撃つ。戦時中にもかかわらず遠方からも目立つ凧を浮かべられるのは、攻撃されないという確証があるからだ。
金は思う。「ツングースカ協定か。果てしなく戦い合う物同士がこの一点だけは協力し合える。不思議なものだ。いっそのこと大東亜戦争など辞めて一致協力して戦えばよいのに。こんな限定的な協力で未知の敵とか言う奴らに勝てるのか」
部下も日を追うごとに重機の扱いになれていく。はじめは擦りもしなかった吹き流しに弾丸が当たるようになっている。が、そんなときにこそ事故は起こる。誤射である。
一列縦隊での走行訓練の途中だった。一機が突然崩れ落ちるように倒れ込んだ。機体が倒れた際に反動でハンドキャノンの引き金を引いてしまったのだ。装填されていた弾丸が金の車両の背中を襲った。車両は二度三度と甲板にたたきつけられ、その場にいた全員が金は死んだと直感した。が、すぐに金の車両は立ち上がった。背部にへこみは出来ているが機動に問題はなさそうに見えた。むしろ問題は転倒し誤射した方の兵であった。倒れたまま再起動しない車両を開放したときにはすでにこの兵は死亡していた。そして彼の死因が重機を操作する上で大きな障害となることがはっきりしたのだ。
医師の診断をうけた金の隣の寝台に死亡した兵士は寝かされていた。同じ朝鮮半島出身の男で祖国の独立を夢見る同志でもあった。金はじっと男の顔を見つめた。頬はこけ、体躯もやせこけてはいたが、きれいな顔をしていた。この男は人生に満足して死んでいったのだろうか、後悔は無かったのだろうか、考えてもせん無いことを金は考えてしまっていた。なぜならば、金が死ぬ瞬間には間違いなくそのことを考えるからだ。自分と他人とを同じはかりに掛けるのは悪い癖だとは分かっていたが、そうせざるを得ないのが金の性分だった。その性格があるからこそ、生活習慣も、もともとの言語も違う多民族混成部隊の部下の性格を把握し、己との差異を知り統率することが可能だったのだ。
「解剖しないと死因は正式なことは言えんが、過労ではないかな。少し訓練が激しすぎるのではないかね」
冷徹な目つきをし、人と折り合うと言うことが出来そうもない医師の織部は言った。
織部の言葉に金には納得するものがあった。重機に載ると異常に疲れるのだ。他の搭乗兵も同様に感じているようで、本来なら人の動きを効率よくサポートし、機動力もパワーも装甲も強化するための機械のはずが、同じ距離を移動するのに歩くよりも疲れるとの声も聞こえてくる。金はその理由が重機の内部構造に秘密があるのではないか、そう踏んでいた。自然、自分の機体の修理の確認も含め心は整備工場に向かっていた。
死者の後のことを織部に頼むと心だけでなく、自身も整備工場に向かった。
整備班長の吉田はいつものように笑顔で出迎えてくれた。ただでさえ過剰な日々の業務の上に、被弾した車両の整備という余計な仕事まで背負い込まされたのに、日本人とはなぜにこのように穏やかなのか。朝鮮民族であれば職務放棄とは行かないまでも、激怒して食いかかっているところだ。
「大佐、ご無事でしたか。損傷から見てたいした怪我ではあるまいと思っておりましたが、息災で何よりですな」
「20㎜砲がぶち当たって無事だとは自分でも信じられんよ。で、車両はどうなのか?」
吉田が案内した先には装甲がはずされた重機が横たえられていた。
はずされた装甲は一見した限りではほんのわずかなへこみが付いているだけだった。一方で外装と車両本体とを接続する継手部品やねじはいずれも潰れるか歪むかしていた。
「ご覧の通り砲撃の衝撃でねじや継手はすべて使い物になりませんが、装甲はこのまま使用して問題ないでしょう。もっとも予備の装甲なんざ、ありゃしませんがね。よろしければ触ってみてください。面白ろうございます」
金はその言葉に応じ、外装部品に触れてみた。
軽い、そして薄い、それが金の感想だった。
「そう、異常に軽く、異常に薄いのです。超々ジェラルミンなんて比較になりません。軽くて硬い、紙の厚さと重量なのです。こんな優秀な金属見たこと無い。そしてもう一つ。こいつに乗車すると妙に疲れるんです。特にハンドルを握ったあとに。まるで命を吸い取られるような感じがあるんです。そして乗っているエンジンはドイツ、マイバッハ製、補修用の予備部品はアメリカ製。大佐、知っていたら教えてほしいんですが、こいつは一体何なんです?」
吉田の顔に先ほどまでの笑顔は無い。真剣なまなざしが金の顔をじっと捉えていた。正体不明のものに対し、おそらくは部下の整備兵の身を気遣っているに違いない吉田の言葉に金も真摯に答えるしかなかった。
「正直に言うが、私にも分からない。国際共同の開発だとは聞いているが、友邦ドイツならともかく、なぜ敵国のアメリカあたりの資材が使われているのか全く聞いていない」
吉田は金を攻めるようにじっと見つめていたが、あきらめたように視線をそらした。
「そうですか、知らないならしかたありません。我々は我々なりに全力を尽くさせてもらうだけです」
その言葉が終わるころには吉田の顔はいつものような笑顔に戻っていた。
整備工場を去るとき、金の足取りは部下の死を聞いたとき以上に重くなっていた。
同朋の死を悼む海軍陸戦隊の面々は部隊葬の後に酒保を開いた。
金は酒盛りこそが最高のコミュニケーションだと知っていた。
ここには半島の酒「マッコリ」も大陸の「老酒」も「馬乳酒」もない。日本酒があるだけだが、飲みなれない酒でも味が良ければ万国共通のアルコールである。
ラベルにはただ「超(こえる)」とだけ書かれている。品不足の戦時になんとかうまい酒を造ろうとした蔵元の気概というようなものを感じた。だが、それ以上に国籍や民族を超えて、という意味に受け取った。それこそが各民族の兵の混成部隊の彼らにふさわしかった。
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