第10話 再会
再会
男は深夜の室蘭の町を歩く。雪はやみつつあったが人の気配は無い。が、それでも周囲に気を配り細い路地から路地を抜け目的に地向かっていた。そこは小さな新聞店だった。その軒先にひょいと投げるように男は荷物を放り出した。
「つなぎは新聞屋か。新聞と一緒に書類を届ける。これなら、目立たずに機密を運ぶことが出来る。うまい手を考えたな」
彼の後ろをつける気配に、捕縛されるまでついに男は気づくことは無かった。
「少し歌ってもらおうか」
市街の安宿の一室で一人の男を取り囲む黒装束の者らは全員が剣呑な気配を有していた。
「貴様ら、百目の手のものか?」
男はあせりと恐怖を顔に表しながら強がるように聞いた。
「いかにも。そして貴様は石切り場の賢人の末端といったところか」
「知っていたか、さすがに百目」
「そう、そしてお前たちの帝國における本拠地は石神鉄鋼」
男の顔が不意にゆがんだ。
「正直な男だな。そんなことでは間諜はつとまらん。ゆっくりと話を聞かせてもらおうか」
そういう黒服の男の顔に凶暴な笑みが浮かんだ。
新聞配達員が続々と店を出る。次々に配られる新聞の配達先を一軒一軒確認する作業が百目によって行われた。その中の一軒に石神鉄鋼の社員の家があった。その社員の動向は逐一確認される。郵便物もすべて開封され電話も盗み聞きされる。家族の買い物も尾行される。そして尻尾をつかまれる。
石神鉄鋼は青森の僻地に本拠を置いていた。良質な鉄が取れるというのが名目だったが、本拠の周辺には鉱山など無く広大な規模の工場があるだけである。鉱物を精錬するための熱や音が、周囲に広がる原生林に響いている。鉄鋼会社とは言っても金属を加工するだけではなく、精錬から始める総合的な金属メーカーの様である。人の出入りは数時間の間にトラックの出入りが数台ある程度である。工場とは別に事務作業をするための社屋がある。その社屋には忙しく行き交う人の姿が見えた。そしてその中に、工場には似つかわしくないひときわ異質の気配を宿した男たちの姿があった。
「社長、ヒヒイロカネの納入がだいぶ遅れているようですが、精製はどれほど進んでいるのです」
一見して軍人を思わせる険のある気配の男であった。
その男の対面に社長と呼ばれた、良く鍛えられた体躯の男が座っている。
「あまり無理を言わんでください。あれの埋蔵量だって限られているし、採掘するのだって並の金属など比較にならないほど難しいのですよ」
「石工の達人と呼ばれる石神鉄鋼の社長の言葉とも思えませんな。ともかく、あれがなければ協定国への顔も立てられんのですよ」
軍人らしき男はテーブルの上に肘をつき、冷酷な目を社長に向けた。
社長は笑顔を崩さず、かつ反抗心もわずかに表情に乗せながらしっかりと軍人の目を見据えた。「そうはいってもね、出来ないものは出来ないんですよ。いい加減軍の方にも精神論だけではどうにもならんということを学んでほしいものですな」
軍人は怒りに任せテーブルをたたいた。
「貴様っ!いくら協力者といっても言って良いことと悪いことがあるぞ。私がその気になれば、貴様などいつでも逮捕することが出来るのだぞ」
「やれやれ、無能な軍人はいつでもこれだ、逮捕できるものなら逮捕するがいいさ、その代わりヒヒイロカネの生産はそれで終わり。責任者のあんたもただじゃすまないな。良くても最前線送りか切腹でしょうな」
軍人は怒りのままに腰だめから銃を抜いていた。
「やめんか、ばか者」
唐突に扉を開けて入ってきた大柄な男は室内の空気を震撼させる怒声をあげて二人の間に割って入った。「明石大佐」と、小柄な軍人は突然の乱入者に驚きつつも抗議の含みを持たせて荒げた声音を上げた。
190センチはあろうかという長躯に剃髪、筋肉の塊のような体躯は室内の空気を押しのけ室温までも上げるような気配を持って現れた。あごで軍人に外で出るように指示すると、小柄な軍人は怒り収まらぬといった風でありながらもおとなしく指示に従った。
「部下が失礼した」といいながらも悪びれる風もなく何も言わず席に着いた。
「軍人ってのは、皆さん上から者を言う人が多いようだが、あなたは何も言わずとも上から人を見る態度だね。昔とは大違いだ」
石神の言葉に苦笑を浮かべつつ明石と呼ばれた男は答えた。
「社長、あなたの態度もなかなかの物です。軍人相手にそこまで居丈高になれる人はそうはいない。いくら協力企業とは言ってもね。昔世話になったといっても、いつまでもかばいきれる物ではありませんよ」
「わたしゃ、元々えらそうな軍人が嫌いでね。あまり協力というものをしたくないんだよ。こうしているのも社員を食わせるためさ。もっともその社員も大半は軍に捕られちまった。だったら残った社員分の協力でいいだろうさ」
「ですがね、あれが無ければ戦地に行った社員の命も助からないかもしれない」
あからさまな脅迫にしばしの沈黙が流れた。
「社長、あなたはヒヒイロカネを横流ししていますね」
「何を根拠に?」
「それはあなたが、石切場の賢人のメンバーで、石神鉄鋼が日本における彼らの根拠地だからですよ。青森県新郷村、あなたがたのいう神が死んだといわれている土地ですな。あなたの会社があるまさにこの土地です」
そういって明石は自分たちの立つ大地を指さした。
「それで?私をどうしようと言うのかね」
「どうもしませんよ。一介の情報部隊の指揮官にはあなたをどうこうすることは出来ませんから。ただ私はお願いするだけです。全てを教えて欲しいと」
「お願いじゃあ、しょうがない。わざわざ、あなたほどの人が出向いていただいたわけですし、では教えましょう、とは言えないのが私の立場でね」
明石はじっと石神の顔を見た。互いの眼を見つめ、お互いその眼をそらすことはなかった。静かな戦いである。最初に口を開いたのは明石だった。
「歴史上、超常的な力を持った神といわれる人間は何人か現れていますが、それは皆、奴等なのではないですか。奴らの技術を借りて奇跡を起こしている。違いますか」
石神は表情に何の感情も表さずに答えた。
「あなたの理屈だと現人神も奴等ということになりますな」
明石は石神の皮肉に苦笑を浮かべざるを得なかった。
「君たち百目はすごい組織だね。二千年間秘密であった我々の組織にここまで肉薄してきている。本当はやつらの正体を知っているのではないのかね?」
明石大佐は腕を組んだままニヤリとした笑みを浮かべた。
「予想は付いています。安っぽい空想科学小説のような結末を想定しています」
石神は席を立ち、窓辺に立ち外を眺めた。
「今日も良い天気だ。日本が滅ぶかもしれない戦争をしているというのに、なぜに自然はこんなにも平穏なのだ」
「あなたは日本どころではない、世界を滅ぼすかもしれない相手に手を貸して居るんですよ」
石神は大佐の方を振り返った。
「それは逆かもしれない。奴らに刃向かうことは人類の破滅を早めることになるだけかもしれない」
「どういうことです?」
石神は押し黙ったまま返答をしなかった。
「では最後にお聞きします。プログラム・メギドとはいったい何なのですか」
「プログラム・メギド!そこまでたどり着いていたか。それこそが我々石切り場の賢人の存在意義だ。いかなる犠牲を払っても、メギドの発動をなんとしても防ぐこと。それだけが目的なのだよ」
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