第5話 接触と転換

接触と転換


 仮称「Reisen Panzer」、通称「人型重機」と呼ばれる新しい発想の人型兵器は日本とドイツのハイブリッドとも言える形で開発が進められていた。

ツングースカで回収した筒の中には、ニコラ・テスラへの手紙の他に、まるで写真で撮ったかのように美しく精細な地図と、人型をした機械の図面が入っていた。モスクワに戻った明石はそれらを石神に託す前に、全ての写しを撮っておくことにした。自分で解析を進めるためと、万が一の紛失に備えてであった。期待した通り、石神は上手く書類を持ち出してくれた。そして数週間後、それらは無事陸軍省へと届けられた。

実の子とも言ってよい平八郎の報告を元二郎は冷静に聞いていた。この話を聞いたのが凡百の人物であったならば、それは一笑に付されていたかもしれない。平八郎の話す内容はそれくらい常軌を逸していたのだ。しかし、元二郎はその報告者との繋がりを差し引いても、極めて公平に、そして偏見を持たずにその報告を受け止めた。

元二郎はすぐさま事の重大さを悟った。この人物の最も評価される点は、偏見や思い込みで物事を判断せず、極めて合理的な対策を立案、実行できる能力にあった。実際の貢献度合は逸話ほどではないにせよ、その一点だけを持ってしても、彼がソビエト社会主義革命の成功に一役買っていたことだけは間違いない。

報告を受けた元二郎はすぐさま陸軍省に手を回した。結果、埋もれそうになった平八郎の報告書とツングースカから持ち帰ったサンプルは相応の待遇を持って調査されることとなった。一方、民間人に重要な荷物を任せるという平八郎の迂闊な行動に、元二郎は激怒した。冷静に考えれば当然である。信頼がおけるかどうかも分からぬ民間人に重要な軍事機密を託すことなど、あってはならないことなのだ。それ故に平八郎は解任。ロシア駐在武官に在籍したという記録までもが抹消された。その結果、平八郎は行動の自由を得た。

解任されてから日本に帰国するまでの期間、平八郎はその時間を極めて有効に利用した。書簡を理解するための言語、基礎科学の学習と平行し、チベットのラサ、トルコのアララト山、アフリカのタッシリなど、ツングースカで拾った地図に示された場所の一つ一つを平八郎は丹念に歩き回った。その頃には日露戦争が日本側の勝利に終わったことで、各国の対応にも変化が見え始めていた。以前なら日本を弱小国と見下し、歯牙にもかけなかった外交筋の対応が明らかに変わったのだ。特に乃木将軍による旅順要塞攻略の影響は大きかったようで、「平八郎」という名前もあってか、敬意をもって接せられることも多くなっていた。ただ、それはロシアのバルチック艦隊を破った東郷平八郎大将との混同という微妙に間違ったものでもあったのだが。

「世界は力の強いものにつく」

それが世界を回った平八郎の実感だった。各国政府が協力的になったことで、平八郎の行動の自由は広がり、世界中に散らばった未知の技術やそれに纏わる貴重な情報の数々を比較的容易に得られるようになった。その中にはチベットの奥地で入手した人工筋肉と思われる繊維状の有機物や、岩手の山中で採掘される特殊金属の情報なども含まれていた。それらの場所は全てツングースカで回収した地図に示されていたものだ。またその地図には、かつて地球に世界にまたがる一大文明が存在したことも記されていた。それはアトランティスともムーとも呼ばれるものだった。古くはギリシャのプラトンが、近年では英国のチャーチワード卿がその伝説を伝えている。この時の平八郎は拾ったこの地図が火星に残った彼らの末裔から届けられたものだということを未だ理解できずにいた。確かに文章を解読すれば、そのことは記されていた。しかしこれをすぐに信じろというのは無理である。他国の民族性、その国の持つ歴史、文明、文化ですら十分に理解できず、自国の文化、価値観を他国へ押しつける帝国主義がはびこる時代において、平八郎ならずとも地球以外に世界があることを創造すること自体が不可能に近いことであり、ましてやその未知の世界からの情報を理解することなど出来るはずはなかった。平八郎自身、世界を回り、記された内容を一つ一つ確認することによって、彼の頭の中にあった常識、意識を転換することができたのだ。そしてその理解できない物を理解できるようになった経験が後に多き役立つことになる。すなわち「百目」設立である。

長期に渡る旅の結果、平八郎は世界中に独自の人脈を築き上げることが出来た。    それは彼が世界を回り見聞を広げる事によってえた、未知なる物を理解する努力をするという、相手の立場を考慮できる深い人間性に人々が好意を抱いたからである。

世界が2度目の世界大戦へと向かっていく中、平八郎はその人脈を使って、ある国際的な組織づくりを開始した。それは世界規模の対火星人情報機関であった。「百の目で世界を見据え、真実を捉える」という意図をもって、それは「百目」と名付けられた。一方、陸軍省に於いても、明石からの情報をもとに国際的な軍事機構を作ろうと言う機運が高まっていた。それは事の発端となったツングースカの事件に因んで「ツングースカ機構」と名付けられた。その基本として提唱されたのが「ツングースカ協定」である。その内容は、火星からの攻撃を駆逐した国が火星における利権を優先的に確保できる、というものだった。

こんな馬鹿げた内容の協定に真剣に取り組む国などある筈がない。皆、有名無実の国際連合の発展版位にしか捉えていなかった。しかし、中には積極的に絡んできた国もあった。ドイツである。総統ヒトラーのオカルト好きが功を奏して、ドイツは提唱国の日本と共に協定機構の中で大きな立場に立つことになる。これが後の三国同盟締結へと繋がる礎となった事は言うまでもない。それは知られざる歴史の一幕でもあった。

 平八郎によってもたらされた図面の多くは陸軍省内部においても極秘扱いとされた。あまりにも現在の技術を超越していたため、そのほとんどが理解できなかったのだ。特に電気工学や物理学に関する部分では、根本的な理論からして理解できる範疇を大きく超えていた。そのため世界中の研究機関や理論物理学者にその解析を依頼する必要があった。日本の理化学研究所、ドイツのカイザー・ヴィルヘルム研究所、そしてアメリカのニコラ・テスラなどの名前が挙がった。はじめに図面を持ち込まれたのは、お膝元である日本の理化学研究所だった。図面を見せられた研究者たちはその内容に驚喜した。そのうちの一つが研究を始めたばかりの原子力を使用した発電装置に関するものだったからである。

そしてもう一つは巨人のような人型の兵器、最後の一つは用途不明の巨大なコイル状のものであった。一枚一枚の図面を精査した結果、それらの部品の大半は日本の技術でも製作が可能なようであった。しかしながら電気制御を必要とする部分についてはその製造はかなりの困難が予想された。というよりも、今までにない発想による設計のため、その内容が理解できず、開発の糸口さえ見いだせそうになかったのだ。

そこで、明石平八郎の登場である。エジソンと並ぶ天才科学者として知られていたニコラ・テスラとの繋ぎをしろとの命令が下ったのだ。それにはアメリカ政府に感づかれないよう極秘裏に接触せよとの付帯条件も付いている。参謀本部の堕落には明石も辟易していたが、ここまで無能だったとは正直思ってもいなかった。ツングースカで回収したこの書類は元々ニコラ・テスラ宛に送られてきたものである。そしてそれを軍に届けたのは、他の誰でもない明石なのだ。それは軍幹部も把握しているはず。事の発端に関わる二人が接触すれば、思わぬ化学反応が起こるかもしれない。そんな程度の推測も無しに手配を回すなど、そこまで彼らは官僚化しているのか。明石は半ばあきれてしまった。

あるいはその化学反応をも見越した上での命令であるのか。

 この時点において、明石はツングースカで拾った書類に関して既に解析を済ませていた。筒の中にあった書簡にはニコラ・テスラの名前が宛名のように書かれていた。最初に回収した無傷の筒とその中身については軍の方へ送ったが、つぶれた筒と中身の写しは明石の手元に残っていた。それらはいずれニコラのもとに届けねばならない、と思っていたところへの命令である。好都合ではあった。同時にアメリカにおける百目の組織化にも取り掛かりたかった明石には絶好の機会であった。

 ツングースカの事件後、シベリアから日本へと戻った石神は、明石から預かった書類の扱いに困っていた。確かに明石との間に友情のような感情は芽生えていた。彼の依頼通り荷物を速やかに軍へ届けたいという気持ちもあった。だが、彼には義理立てすべきもうひとつ別の組織があった。それは石神家の仕事の長い間の依頼主、そして大株主でもあった。彼らはどこから聞きつけたのか、石神と明石が行ったシベリアの探検行を既に知っていた。そして、要求してきたのだ。明石から預かったもののすべてを渡せ、と。

彼らの名は「石切り場の賢人」。その名前は父親から聞かされて知っていた。その事は石神家に伝わる一子相伝の秘密事項であった。彼らは人間の歴史の節目には必ずその姿を現し、影響を与え、そして影のような気配を残して闇へと消えて行く存在だった。その存在が接触して来たのだ。断れば自分の会社は潰される。自分たちは良いが従業員はどうなる。彼らの生活はどうすれば良い。そういう責任が跡取りたる石神には重くのしかかっていた。考え抜いた末に石神が選択したのは、写しを撮って軍と石切り場の賢人の双方に渡すという方法だった。

 その写しを取る最中、石神は驚くべき事実を知ることになる。

石神家の工場は青森の山中にあった。岩手県には独自の鉱山を持ち、金属採取と加工で生業を立てていた。明石から預かった地図の中にその鉱山の位置が記されているのを見て石神は心底驚いた。そして同封された書類の内容にはもっと驚かされた。自分の親に問いたださなければならなかった。石神家の出自を、そして人間の歴史の中で演じて来た彼らの役割を。そうして、「石切場の賢人」と呼ばれる組織の実態を知ることになるのだった。

 ニコラ・テスラのもとに届けられたサンプルは天才ニコラをもってしても容易に理解できるものではなかった。火星との事前交信がなかったら、相当手間取っていたかもしれない。特にチベットから持ち込まれた白い繊維状の有機物や、日本で精製された特殊な金属などは、実際にこの目で見ても信じられないようなものだった。筋電位、即ちわずかな電流の変化によって伸縮する白い有機物は筋肉の代わりに相当するものであった。それはモーターと組み合わせることで相当効率的な動きをすることが想像された。そして、もうひとつの特殊金属。その剛性も驚異的だったが、それが持つ特殊な性質に関してはとてもこの世のものとは思えなかった。天才二コラ・テスラをもってしても、これが悪魔の産物ではないかと疑ってしまうような代物であった。それは人間の血液を吸収してそこから電気エネルギーを取り出すという性質を持っていたのだ。火星との通信を通じて、ある程度の事は知っていた。

しかし実際に見るのと、聞くとではやはり違う。それは手に触れているだけでも疲労を覚える代物であった。血液だけではなく、人の細胞からもエネルギーを吸収する構造も持っているのかもしれない。これが火星の、失われたアトランティスの技術か。ニコラは感動を通り越して恐怖すら覚えていた。

 この金属を最も有効に活用する方法。軍事に詳しくない二コラにもそれは容易に想像できる。それは人間の身体を取り込むこと、つまり操縦士という形で機械に入れ込むことでより効率的な燃料補給を可能とする兵器。即ち生体兵器の開発である。明石をここに送り込んだ日本軍の狙いも実はそこにあった。その点についてはニコラの方も同意していた。

火星からの通信でも、兵器への応用を前提として送る旨の話はあった。問題はそれを渡す先である。できるならば祖国であるオーストリアに渡したいが、かの国はドイツに併合されてしまっていた。ならば第二の祖国であるアメリカに渡すべきではないか。情報部にはすでに連絡を入れてある。後はどのタイミングでどの情報を渡すかだ。

しかしそれが難しかった。下手に渡せば、研究を丸ごと持って行かれかねない。

そうかと言って何も渡さなければ、将来日本が解析を済ませて、全ての技術情報を独占することになるかもしれない。火星からの通信者はそのような事態は望んでいなかった。地球人が団結して火星人に対抗することを望んでいたのだ。ニコラ・テスラは考えた。

「いっその事、この二つの国に手を結ばせてしまえばいい」と。

その結果、明石平八郎とアメリカ軍情報部との間に接触がもたれた。国際共同の情報交換組織「百目」の完成、そしてそれは二国間における「ツングースカ協定」締結の第一歩でもあった。アメリカと軍事条約を結ぶという提案を素直に受け入れた日本陸軍に明石は絶句した。アメリカとはいつ開戦してもおかしくはない状態が続いている。

それどころか、アメリカ政府との接触自体を禁じていたのだ。加えて国際条約ともなれば、明石単独でどうこうできるものではない。陸軍省が出張り、アメリカ国防省との交渉に入った。アメリカ政府といえども一枚岩でない。対日本開戦を望んでいる勢力もあれば、戦争自体への参加を否定するグループもあった。その反戦グループと渡りをつけ、可能ならば日米戦争を回避する、陸軍省の官僚はツングースカ協定をそのための手駒くらいにしか考えていなかった。

 明石の知る限り、火星からもたらされた技術情報は現在の科学を遥かに凌駕するものばかりであった。協定を結ぶとなれば、それを敵となるかもしれない相手国に提供することにも繋がりかねない。下手をすれば同じ兵器同士で戦うことにもなり得る。そういうリスクさえ考えていない軍官僚達に明石は強い憤りを覚えた。

「クーデターを起こす連中の気持ちが良く分かる」

市ヶ谷を後にした車中、明石は暗い後部座席でそう呟いた。

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