第4話 アメリカ ニコラ・テスラ 1930年
アメリカ ニコラ・テスラ 1930年
ツングースカの怪事件からおよそ20年後、ニコラ・テスラの前に姿を現したのは火星からの客人ではなく、ひとりの日本人であった。長身に剃髪、筋肉質の男は、身分を明かすことなく、ただ明石平八郎とだけ名乗った。
その男はニコラ・テスラの事務所にアポイントも無しに現れて、突然面談を申し入れた。
ニコラ・テスラを訪ねる者は多い。そのほとんどが商売のために知己を得ようとする、もしくは彼を利用しようとする者であった。そんな連中をいちいち相手にしていられない二コラは忌々しく思いながらも、その申し出を丁重に断らせた。が、秘書を通じて伝えられた男の言葉を聞いて、一転彼は考えを変えた。
「アトランティス、とお伝え頂ければ」
その一言により急遽設定された会談の席で、男は流暢な英語で話し始めた。
「ニコラさん、あなたが20年間待ち望んでいたものをお持ちしました」
ニコラは口に運びかけたコーヒーをテーブルに戻した。その言葉が何を意味するのか、先ほどのアトランティスという言葉と突き合わせれば彼には明白だった。だが、知らぬふりをする。正体が分からぬ男の話をそのまま鵜呑みにする訳には行かないのだ。
軍や対立するエジソンの仕掛けた罠かもしれない。ニコラ・テスラの対応を当然の事と思っているのか、目の前の男は平然とした様子を崩さない。それどころか、勝手に話を続けている。
「これはシベリアの奥地で私が拾ったものですが、中にはあなた宛ての手紙らしきものが入っていました」
そう言うと明石は大ぶりなカバンから取り出した書類の束を無造作にテーブルの上に置いた。明石は右手をさっと出し、二コラに目を通すよう促した。
ニコラはそれを手に取ると夢中で読み始めた。
「それは回収した筒の中に入っていた文書を英訳したものです。あなたはそこに書かれた内容に心当たりがある筈だ」
真剣に目を通すニコラに明石はささやいた。
「それは文書のほんの一部。肝心な部分はまだお渡ししていませんよ」
ニコラは書類に目を通すのを止め、テーブルの上に置いた。
「一体何が望みなのかね?」
二コラは忌々しげに返答した。
「何、簡単なことです。我々に協力して頂きたいのですよ。火星のアトランティス人とあなたとの間に交わされた会話の内容を教えていただくことも含めて、ですね」
そう言って明石はにやりと微笑んだ。
協力するのはやむを得ない、ニコラはそう判断した。アトランティス人は何かをニコラに託すために、はるばる地球まで来ようとしていた。通信で得た情報から察すればそれは火星人から地球を守るための情報であったはず。それをむざむざ無駄にする訳には行かない。
またこの男の言葉を信じれば、彼は日本人。ニコラの住むアメリカとは近い将来戦争になるかもしれない国の男だ。その仮想敵国の人間が機密情報ともいうべきものを持って来ている。そのような立場の男の発する言葉を果たして信じて良いものなのか、二コラは考えた。
だが、迂闊に返事をする訳にも行かない。万が一これが罠であったら即警察に引っ張られる可能性もある。ニコラは返事の保留を求め、明石も了承した。明石も諜報機関の人間、交渉の機微というものを心得ている。ニコラが即答できないのは鼻から承知の上だった。
そのうえでカードを切って行く。
「我々は筋電位をコントロールする方法とそれに最適な金属を提供する用意があります」どうか良いお返事を。そう付け加えて明石は交渉の席を立った。
ニコラから協力する旨の返事が明石の元に届いたのはそれから一週間の後であった。
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