第2話 ファーストコンタクト

ファーストコンタクト


 この事件よりも数年前に時はさかのぼる。

ニコラ・テスラという名前の技術者はその天才的な閃きで、様々な発明を行っていた。

そしてかつての雇い主である発明王エジソンと人格的対立から、激しい舌戦、競争を行っていた。そんな折、電気の交流システムの開発途上、巨大な出力の無線機を開発することになる。その発明が後の彼の人生に、そして人類にとって大きな影響を及ぼす事になった。

 ニコラ・テスラは一人深夜の研究室にとどまり、通信機に向かっていた。考案中の交流式発電機を用い、どこまで電波をとばせるか受信できるかの実験の準備のためだった。

交流発電機を作動させ、続いて無線機の電源を発電機に接続させる。アンテナは遥か星空を向けている。何も聞こえるはずのない空間に向けておいて、そこから電波を発信している研究施設に調整するためである。そして受信側の電源を入れ、ボリュームを少しずつ上げてみる。何も聞こえるはずはなかった。当然のことである。アンテナは宇宙を向いている。

宇宙には電波を発する人間などいないのだ。が、わずかなノイズのような音が聞こえてきたのだ。

まさか、と耳を疑った。そして考え直した。アンテナが民家の方向を向いているか、近所に強力すぎる電波の発信源があるのではないか、と。

が、理性はその考えを否定している。

アンテナはきちんと星空を見つめているし、この研究所の近くに人家はない。電波を発信している施設はあさっての方向だ。

ふっと席を立ち台所に足を向ける。料理用にストックしてあるブランデーをグラスに注ぐ。

普段酒をたしなまない彼にとっては珍しいことだった。それだけ、彼は興奮していたのだ。

星を向いたアンテナが電波をキャッチしたことの意味の大きさを考えてのことだ。

ぐいっと一気にグラスの酒を飲み干すと、彼は再び席に着いた。

ノイズは未だ聞こえている。

ニコラ・テスラの好奇心がむくむくと頭を持ち上げる。このノイズは何なのか突き止めよと叫び続ける。

ボリュームを少しずつあげる。

言葉のようだった。

「ギリシャ語?いや、ヘブライ語か?それにしても訛りが酷い」

聞き慣れない言葉にしっかりと耳を傾けた。良く聞けば、それは同じ文章を繰り返しているように聞こえた。

試しにヘブライ語で送信を試みてみる。

「こちらニコラ・テスラ、受信しています。どこから発信しているのですか?」

返答があったのは数分後だった。

「・・・こちらは火星・・・そちらは、地球か・・・」

とぎれとぎれではあるが、ニコラ・テスラの問いに対する明白な返答であった。興奮に震える手を押さえつつ再び発信ボタンを押した。

「火星?あなたは火星の住人なのか?」

会話と会話の合間には必ず十分ほどの時間差がある。それだけで、通信者間に相当の距離があることが分かる。

「これほどのタイムラグが出る、ということはこれが相手の演技でなければ、本当に火星からの通信なのか」

冷静に考えるが興奮は冷めないばかりか緊張も始まっている。腕の震えは増すばかりである。

「相手は宇宙人?それにしては地球の言語を話している。地球人は火星にすでにすんでいるというのか。いや、そんな馬鹿な。私だって宇宙を行く船など造れない。他の人間に造れるはずがない」

それは己の能力への自身でもあったが、事実に近いものでもあった。

エンジンなどの基幹部品についてはニコラ・テスラよりもはるかに進んだ技術者も数多くいるが、こと想像力という点に限って言えば、彼を上回る才能はいないというのが自他共に認める事実であった。宇宙を行くために必要な装備、船の構造、積んではいけない物、人類の知恵は未知の物に対しては限界がある。だが、彼はその限界が飛び抜けて大きかった。だからこそ、彼の恩師であるエジソンはその才能に嫉妬し二人の関係は壊れていった。

もし、この二人の関係がいつまでも友好であったならば、人類の科学技術の進歩はもう少し違ったものになったに違いない。

「あなたは火星人なのか?」

その問いに対する返答にはタイムラグ以上の時間がかかった。分かりやすく説明する為に何か、言葉を選んでいるように感じられた。

「その表現は正確ではない。我々は火星にいる。だが、我々の祖先は地球に住んでいた。我々の故国はアトランティスである」

冗談かいたずらだろうと考えた。だが、相手はすぐに言葉を続けた。

「信じられないのも無理は無い。我々も信じられないのだ。今、君とこうして会話していることが。我々の一方的な通信は何百年と行われてきた。それが、今夜突然君と通信することになった。一つ聞くが、君は本当に地球人なのか?地球のどこに住んでいるのか?」

「間違いなく地球に住んでいるよ。北半球のアメリカという国だ」

「アメリカ?知らない名だ。我々の情報にはないな。地球も進歩していると言うことか。それはそうだな、現実に今我々は地球に住む君とこうして会話している。」

「私だってアトランティスなどという国は知らない。大昔に海に沈んだ国の名前がアトランティスだという話は聞いたことがあるが」

相手の返答の前後には重苦しい沈黙が流れた。

「・・・そうか、アトランティスは沈んだのか・・・」

全ては非常に聞き取りにくい電波状況の中での会話である。

ニコラ・テスラは未だに自分の会話の相手が宇宙にいるとは信じきれずにいる。わざわざはるか遠い地球に電波を送り続ける理由が分からないからだ。

「なぜ、連絡を?」

それは全ての成り行きの核心を突く質問だった。

「地球を救う為だ」

何の躊躇も無い答えが返ってきた。

が、そこでさらに電波状況が悪くなった。通信機の出力が落ちてきたのだ。大出力の発信には巨大な電力を必要とするが、その発電のためには燃料が必要となる。その燃料がつきたのである。結果、その日の会話はそこで打ち切られた。

が、この日よりニコラ・テスラと火星のアトランティス人を名乗る人物との通信は続いていくこととなる。

これが、ツングースカの大爆発へと繋がる事件の始まりであった。


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