第9話

 もう一方の腕でライフルを構えたまま、俺は一歩後退。宇宙人との距離を保つ。


「※※※……※※?」


 宇宙人が声を発した。なにやら様子がおかしい。一歩踏み出す度にふらつく身体は見るからにボロボロだ。素材は不明だが、身に纏う宇宙服に似た衣服は、全体が焼け焦げたかのように黒く損傷している。まるで火災現場で発見された、全身大火傷の生存者みたいだ。


 俺はすぐさまヘッドマウントディスプレイを操作し、翻訳機能をОNにする。これはドイツ製で、【デーモン】の言葉を解読するために開発されたもの。


【デーモン】も、俺たちは宇宙人の類として認識していた。目の前の宇宙人も、地球外生命体という括りで見れば【デーモン】と同じだから、翻訳機能を発揮してくれるかもしれない。


「※※※……※※?」


 同じような発音で宇宙人が言った。同じ言葉を二度言ったのか?


 ヘッドマウントディスプレイの右端には、翻訳中を意味する波線が表示されている。


 それに次いで、


『ソバニ……イテ』


 という文字がポップアップ。


 そばに居て……と言っているのか? 


 俺とアニータはこの星の住人じゃないのに?


 どう対応したものかと逡巡する俺の前で、宇宙人はバランスを崩して仰向けに倒れてしまう。


「ソバニ……イテ」


 宇宙人はその太い腕を、しかし弱々しくゆっくりと持ち上げ、俺の方へと伸ばしてくる。


 ――見えて、ないんだ。元々視覚が弱い種族なのか、あるいはこの異常な状況でめしいてしまったのか……。


 彼から見れば異星人の俺たちを目の前にして、動揺の一つもないということは、恐らく後者だろう。


「――はい」


 そのときだ。俺の横を静かに歩んだアニータが、差し出された宇宙人の手をそっと掴んだ。


 そうして足を揃えてしゃがみ込み、もう一方の手も添えて、包み込むように。


「お傍におります」


 アニータの語りかけるような声を聞いた宇宙人は、その言語の違いに違和感を覚えたか、一瞬身体を強張らせ、呼吸が乱れた。だが、アニータが優しく宇宙人の手を握って擦り続けると、次第に落ち着きを取り戻していく。


「大丈夫です」


 アニータは、まるで本当の心を持っているみたいに、温かみのある声で言う。


 これが、学習機能付きのご奉仕ロボット。噂通り、自分で学び、状況を判断できるんだ……。


「…………」


 宇宙人の震える腕が、がくりと脱力する。

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