08話.[片付けてほしい]
「もう駄目だ……」
最近の彼女はずっとこうやって言い続けている。
一緒にいるときにつくため息の回数は平均で十回ぐらいだ。
テストの結果も返ってきて、それで問題もないと分かっているのにどうしたんだろう?
「どうしたの?」
「どうしたの? じゃない、なんで全く進展してないんだよ」
進展? 前にはどんどん進んでいるけどな。
証拠はもう夏休み前まできているという現実だ。
母も姉も一週間に最低でも二日は休みがあるとはいえ、ひとりでの時間が増える夏休みがもう目の前まできている。
「なんてな、そうじゃないんだよ」
彼女はそう言って机に突っ伏してしまった。
美羽も彼女も私の席でそれをやるものだから主が立つことになるだよねえ……。
まあ、ここが気に入っているということならいくらでも貸してあげようと決めてあるから特に問題もない。
それにしてもなんだろう……とまで考えて、ひとつだけそれっぽいやつが出てきた。
「あっ、もしかして彼氏さんのこと?」
「ああ、再婚するって言われてな……」
やっぱりそうだった。
そしてそうなると彼女的には大変な毎日になるわけで。
「じゃあずっと逃げてないといけないじゃん」
「まあそれは私が折れれば変わることなんだけどさ……」
「えっ、引っ越しとかないよね?」
「ああ、それはないから安心してくれ……って言うのは変か?」
「変じゃないよっ、綾子とだっていたいんだからっ」
美羽と比べたらどっちが彼女にとって大切かなんて分かっている。
だって取られたくないと考えてしまうぐらいなんだからね。
それでも、一ミリでも、私のことも忘れないでいてくれるとありがたいんだ。
だからこそこういうときにしっかり言っておく必要がある。
「声が大きすぎよ」
「美羽も綾子と一緒にいたいよね?」
「ええ。でも、どうして急に?」
かくかくしかじかと私が説明させてもらった。
美羽は少しだけ驚いたような顔をしつつ「実際にそういうことがあるのね」と言う。
確かになかなかそういうことを経験することはないし、どうしても自分とは遠い話のように感じるから無理もないのかもしれない。
「あ、そういえば相手の人が苦手なのよね」
「ああ、だからどうするか悩んでいるんだよな」
「これからすぐに夏休みになるでしょう? あなたがいいなら私達と過ごすようにすればいいじゃない」
「いやもちろんふたりとは遊ぶつもりつもりでいるぞ、ふたりだけで仲良くするのは絶対に駄目だぞ?」
心配しなくても美羽が絶対にそういう風にはしないから大丈夫だ。
抱きしめたりしてくるのに甘い雰囲気になったりしないのが寂しいところだった。
最初はテスト週間だから忙しいんだと片付けていた自分、けど、テストが終わったいまも特になにかをしてくることもなくてもやもやとしている。
これが作戦だということなら物凄い効率よくできていることになるけどね。
「お昼はともかく夜は分からないわね」
「別にそこまで縛るつもりはないぞ」
こんなことを言っているけど結局なにもしてこないのが宇都山美羽という女の子だった。
これならまだ「綾子のことが好きなの」と言ってくれた方が精神衛生上いい。
それは自由だから誰にも止める権利はないしね。
大事なのはその子と相手の子の気持ちということなんだから。
「あなた的には逃げられるお昼より夜の方が嫌なんじゃないの?」
「夜は部屋にでも引きこもっておけばいいわけだからな」
「お風呂とかトイレとか行きたいじゃない」
「っても、泊めさせてもらうわけにはいかないだろ……」
土日だけ逃げられればいいとかそういうレベルではないから難しかった。
夏休みの間だけでも私の家に~とか無理かな?
なんだかんだいってもボスみたいな母に聞いてみないと分からないけど、このままだとせっかくの夏休みを楽しめないで終わりそうだから駄目だ。
期待させるだけ期待させて結局無理でしただと可哀想だから言わないで動くことにする。
「え、綾子ちゃんを泊めたいって?」
「うん、それも夏休みが終わるまで……」
「どうして?」
そういう事情ならと受け入れてもらえると思っていたんだけど……。
「駄目だよ、それじゃあ綾子ちゃんのためにならないからね」
「でも、このままだと楽しめなくなっちゃうんだよ……」
「それでも駄目、仲良くとまではいかなくても無難に過ごせるようにならなきゃ。この先ずっと同じように逃げるなんて不可能なんだから」
いや、やっぱり母の言っていることがもっともだ。
逃げ続けるのは現実的じゃない。
泊まれば泊まるほど相手に迷惑をかけてしまうし、本人だって気になっていく。
その点、母の言うように無難に過ごせるようになれれば問題もないわけだ。
べたべた馴れ合いをする必要はない、挨拶ぐらいをちゃんとしておけば十分だろう。
母に言われたことをそのままメッセージとして送ったら電話がかかってきたから出た。
「舞菜の母さんが言っていることが全てだな」
「……ごめん、だけど聞いちゃったら放っておけなくて」
なんだかんだで受け入れてくれるという前提で動いていたから本当に言っていなくてよかったと思う。
彼女的にも後から知らされた方が残念感も出てこないだろうし。
友達のことを考えて動いているつもりが失敗している場合もあるから怖いことだなと。
「いや、寧ろそこで泊まることを許可されてたパターンよりもよっぽどいいよ、ありがとな」
「ううん。綾子、難しいかもしれないけどさ……」
「ああ。確かに仲良くしろと言われてるわけじゃないからな」
もちろん仲良くした方がいいけどすぐには難しいからとりあえずはいいんだ。
悪い雰囲気にはならないように行動しておけばいい。
ゆっくり話せそうなら最初はお母さんにもいてもらって話せばいい。
相手だって自分が急に来たと分かっているわけで、すぐには仲良くやれるなんて考えていないだろうしね。
「あと、ちゃんと私の相手もしてね」
「してるだろそれは」
「でもさ、学校では美羽美羽美羽ーって美羽のことしか頭にないよね」
「それは舞菜だろ」
同じクラスということもあってそういうことにはならなかった。
放課後にふたりきりでいることは多いから、そのときだけは確かにそうかもしれないけど。
最近は私達以外と話すようになっているから地味に嫉妬しているぐらいだ。
最近になってようやく、美羽がどうしてあんなことを言ったのかよく分かった。
「違うよそれは」
「じゃあいまからそうじゃないって証明してくれ」
「学校じゃないから無理でしょ?」
彼女はもしかしたら私よりも寂しがり屋なのかもしれなかった。
ただ、仮にいま学校にいたとしてもなにをどうしたら証明できたことになるのか分からないからどうしようもない。
一緒にいる程度で満足してくれるのであればこんなこと言ってこないだろう。
「学校じゃないけど美羽だけじゃないって証明してくれ、つまりいまから出てきてくれ」
「それはいいけど、どこに行けばいいの?」
「まだ明るいから私の家まで来てくれればいい」
「分かった、じゃあ行くから待ってて」
お母さんにもしっかりと言ってから外に出た、出たら……。
「あら、どこに行こうとしているの?」
なんか冷たい顔の美羽がそこにいた。
このまま連れて行くと美羽だけじゃないという証明ができないから中で待っていてもらうことにする。
「よう――って、なんか怖えのがいんだけど……」
「あ、別に呼んだわけじゃないからね? なんか外で待っていたんだよ」
「まあいい、来てくれただけで十分だよ」
淡々と対応することも必要だった。
慌てたりするから理不尽に怒られたりするんだ。
母や姉みたいになるためにも、綾子や美羽みたいになるためにも極めなければならない。
「で、美羽はなにしに舞菜の家に行ったんだ?」
「テストが終わってしまったからやることがなくなってしまったのよ」
いつもより勉強の毎日だったからこそか。
すごいな、私なんか終わってラッキーとか思っているぐらいなのに。
夏休みもこれで無事に楽しめそうだしよかったとか考えた私は彼女からすればあえりえないのかもしれない。
「頑張りすぎだろ。つか、一緒にいたいなら帰る前に誘えばいいだろ」
「この子がすぐに出ていってしまったからよ」
今日は猛ダッシュで教室をあとにしたから綾子に挨拶をする際も少し適当だった。
そんなに急いだところで母は逃げたりしないし、結果だって変わらないのになにをしているのかと短慮な自分が恥ずかしくなる。
母はあれでいて勢いだけでどうにかなる相手じゃない。
寧ろ言いくるめられることの方が多いのに学ばない人間だ。
「あ、それは私のために動いてくれたんだよ」
「ええ、教えてもらったから分かっているわ。でも、今日はもう連れて帰るわね」
「おう、また明日な」
「またねー」
西尾家から少し離れたところで急にきた。
なんとなくやってきそうだったから驚きはしなかったけど。
「そんな顔をしなくても私は逃げないよ」
感情を表に出さないクール系かと思えばそんなことはなかった。
関わっている誰よりも顔に出やすいというか、抑える気がないように見える。
言葉だけだと上手く伝えられないからなのかな?
「理由は分かったの?」
「……分からないままよ」
「はは、分からないのにこんなことしちゃうんだ」
「あ、どうしてあなたのことがこんなに気になっているのか分からないだけよ」
「えぇ、なんでそうやって私をすぐに傷つけるの……」
つまり、綾子とか他にも魅力的な子がいるのになんで敢えて
「私には多分、綾子みたいな子の方が本当は合っているのよ。私も結構難しく考えてしまうことがあるからそういうとき、綾子みたいに積極的に行動してくれるのは大きいから」
「ふーん、じゃあいまからでも綾子のところに行ってきたらいいじゃん」
別にこっちはそれでもいいんだし。
ふたりが仲良くしているところを見られるだけでも普通に十分なんだから。
それに一緒にいる度にそんなことを言われるぐらいならこんな距離感でいるのは両者のためにもならないからやめた方がいい。
「はい、行ってきなよ」
「話を聞いていないじゃない、本当は合っているって言ったじゃない」
「だからいまからでも変えればいいじゃん」
踏み込んでしまう前に気づけたということなんだから悪いことではないだろう。
それこそ時間を無駄に使わなくて済むんだから私が縛ったりしないで感謝してほしいぐらいだった。
「綾子だけじゃなくて他の子にも勝てないことなんて分かっているから問題ないよ」
いちいち言わなくても、そう言いたくなるようなことだった。
少し前からこちらのことを抱きしめることはやめていたから気にせずに帰ることにする。
これでいいんだ、どうせ関係を変えたところで後で別れることになるのが容易に想像できてしまっているんだから。
しかも未だに綾子が気にしているんじゃないかと考えてしまうときもあるぐらいだからね。
「舞菜!」
「気にしなくていいよ、抱きしめてきたこととか忘れてあげるから安心しなよ」
面倒くさい私を引き出したのは彼女だから今回は謝るつもりは絶対になかった。
私だってね、自由に言われてはいそうですかで片付けられないときだってあるんだよ。
分かりきっていたことのはずなのに近づいてきておいていまさら文句を言うとかありえない。
「舞菜――」
「だから知らないって――ぐえ」
何故か私の前に綾子が立っていて怖い顔をしていた。
そんな顔をしたいのは正直こちらだったものの、これは美羽に向けてのものに違いない。
だって私は悪くないんだからさ……。
「面倒くさいやつらだな」
「本当だよね、別に綾子とか他の子が気になっているならいちいちこっちに来なくていいのにねって言いたくなるよね」
「舞菜もだぞ、一緒にいたいくせになに強がって帰ろうとしてんだよ」
「……仮に私がそうだとしても美羽があの感じならなんにも意味ないでしょ」
恋は一方通行じゃ駄目なんだ。
私は失恋ダメージを負ったりしたくないからこのスタンスでしかいられない。
それが嫌だということなら綾子でも他の子でも抱きしめて振り返らせればいい。
「というかさ、さっき別れたのにどうしてここにいるの?」
「なんか怪しかったから付いてきたんだ、そうしたら急に変なことを始めるもんだから正直驚いたぞ」
「綾子の方が合っているんだって、綾子が相手をしてあげなよ」
テストも終わったし、これから夏休みというタイミングなんだからゆっくり仲良くすればいいんだ。
常に、とまではいかなくても、かなりの時間を美羽といられればやっぱり綾子だって安心できるはずだから。
「いいのか?」
「美羽本人がこう言っているんだからいいでしょ」
自分が面倒くさいことは自分が一番分かっている。
それでも自分を守るためにはこうするしかないんだ。
誰かが守ってくれるような人間ではないから仕方がないと片付けてほしい。
「じゃあここで美羽にキスするわ」
「うん、美羽がいいならすればいいよ」
見る必要もないから私は帰るけど。
だから結局その先のことは分かっていない。
キスはともかく、やっぱり綾子の方がよかったと考えを改めている可能性は高いけどね。
私はあの子に釣り合っていないし、綾子を寂しい気持ちにさせなくて済んでよかった。
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