06話.[絶対にできない]
「な、なにがしたいの?」
「なにが?」
「いやだって、関係ないときでもずっとこうして掴んでいるわけだし……」
あの後は当然のように泊まることになったし、お風呂や部屋でだってずっと腕を掴まれていたから窮屈だった。
意地になったところで時間が無駄になるだけなのになにをしているのか。
頭がいいのは確かだけど、負けず嫌いなところは直した方がいいと思う。
「それはあなたがすぐ逃げようとするからよ」
「私はただ本当は他に使いたいんじゃないの? って聞いただけじゃん」
「じゃあ行っても迷惑じゃないの?」
「迷惑じゃないよ」
私はひとりでいるのが嫌なんだ。
誰かが近くにいてくれるという嬉しさや安心感を無視することはできない。
嬉しいのに敢えて遠ざけていたらそれこそMだということになってしまう。
「なにやってんだ?」
「あ、西尾さ――」
助けてくれるかと思ったけど違うようだった。
こっちの腕を掴んでいる彼女の手ではなく、何故かこっちの腕をびしっと叩いてきた。
独占欲が出てきているのだとしてもこっちに八つ当たりをするのは勘弁してほしい。
まあでも、それで解放されたからいつも通りふたりを追っていくことスタイルに戻すことができた。
「ふぅ」
望んでいたことだ、普通なら喜ぶべきだ。
ただ、多分あの様子だとまだまだこちらのところに気にせずに来ると思う。
私も多分、強気には出られなくて普通に対応するはずだ。
でも、彼女が来る度にああやって敵視されるのであれば考えものだった。
やっぱり三ヶ月とかそれぐらいでは完全に理解することなんて不可能なんだろう。
いや、あくまで起こす、起こされる関係だっただけなのかもしれない。
とにかく、教室から逃げていれば会うこともなくなるだろうと考えた自分。
「舞菜」
まるで待ち伏せをしていたみたいに階段のところで彼女と遭遇してしまった。
「またびしっとやられちゃうから」
「あれは狙ったわけではないわよ」
私が無理やり掴んでいたとかだったら分かるけどそれはない。
あれはあまりにも露骨すぎだ。
こちらのことなんて一切見なかったのだって絶対にそう。
「舞菜、こっちを向いて」
母や姉以外から名前で呼ばれるのはかなり久しぶりで少し気恥ずかしい。
あと、ただの無表情なんだろうけどそれが真面目な顔に見えてドキッとする。
声が綺麗なのもある、静かな感じなのも好きなところだった。
別にそういうつもりで好きというわけじゃない――って、誰に言い訳をしているのか……。
「大丈夫よ」
「……なにが?」
「綾子が変化しようと私は変わらないから」
想像ではなく彼女の中のそれも本格的なものならこちらでも敵視されてしまうわけで。
あ、仮にそうでもそういうことはしないと言ってくれているのかな?
それかもしくは、私なんてライバル視すらされていないという可能性もある。
それならその方がいい、そもそも勝負なんてしようとしていないんだから。
「そんな顔をしないの」
「えっ」
「大丈夫よ」
彼女は「また後でね」と残して歩いていった。
数秒してからこんなところに突っ立っていてもあれだからと移動を開始する。
SHRの時間に間に合うように教室に戻った。
「星谷」
「あ、どうしたの?」
終わったから出ていこうとしたら西尾さんが話しかけてきた。
変に慌てたりしたら露骨すぎるから頑張って抑えて対応をする。
「さっきは悪かった」
「ううん、謝らなくていいよ」
あの件のことはこれで終わりだ。
第一、自分がそうなることを望んでいたのに被害者面はできない。
だったらそういうつもりで動くなよ、という話だろう。
「勘違いしてくれるなよ?」
「うん?」
「私は別に美羽が好きってわけじゃないんだ」
「そうなの?」
「ああ。ただ、さっきのを見たら急に不安になったんだよ」
彼女曰く、自分のところには来てくれなくなりそうで嫌だったらしい。
だから止めようとしたら結構勢いが強くて私の腕に当たってしまったみたい。
これを聞けたところで本当かどうかは分からないからもやもやしただけだった。
「邪魔するつもりはないから安心しろ」
「え?」
なんか変なことになっている気がする。
これはもしかしなくても私が好いているとかそういう風に考えていらっしゃる、よね?
確かに嫌いではない、けど、あの子はいつだって彼女を優先して動いているんだ。
少なくとも出会ってからしか知らないものの、それからはそうだと言える。
「えって、好きなんだろ?」
「えー……」
「違うのか? 美羽だって星谷のこと気にしてると思うけどな」
どこをどう見たらそういう風に見えるのか。
例えば遊びに出かけたあの日だって全くそんなことなかったでしょうに。
私に似合う服を選んでくれたり、飲食店でも私の横に無理やり座ってきていたならともかくとして、そのどちらでもなかったんだから話にならない。
というか、彼女はもしかしたらまだ自覚していないだけなんじゃないかという疑問。
そうでもなければ私だけ帰したりなんかしない。
「素直になりなよ、あの日だってふたりきりになることを望んでたじゃん」
「あれは……星谷が帰りたそうにしてたからだよ」
確かにあそこで迷ったからそれは間違いではない。
面倒くさいと言われてしまえばそれまでだけど、それでもやはり相手が決断するのを待つべきだと思う。
それさえしたくないということならもう仕方がないことだね。
「気にしなくていいから、こっちこそ邪魔するつもりなんてないからさ」
私としては独占してくれていた方がそわそわしなくて済んで気楽だと言えた。
相手が来ているだけなのにそれで理不尽に怒られるのは嫌だから。
あとはやっぱり、いざそうなったら意見を変えるというのはださいからだ。
最悪楽しくなくてもいいから不安を抱えつつ過ごすようなことにはならないでほしい。
ちゃんと問題なく卒業できて、問題なく会社に就職できればそれでよかった。
「うぅ……」
食事中ずっとこんな感じだからなんとなく集中しづらかった。
理由を聞いても答えてはくれないから私と母はなにもできないでいる。
美味しいご飯もなんとなく味気なく感じてしまう。
「ごちそうさま――わあ!?」
食器を持ち上げる前で本当によかった。
お気に入りのお茶碗が割れちゃったら嫌だからね……。
「舞菜ぁっ」
「ど、どうしたの?」
今度はぺらぺらと話してくれたわけだけど、いまの私からしたら微妙な情報だった。
やっぱり恋っていいことばかりではないなあ。
まあ、勝手に期待しておいてなんだその態度はと言われてしまえばそれで終わりなんだけど。
「同僚さんがその人を狙っているというのが辛いね」
「そうなんだよー……」
その人は美人で、切り替えがしっかりできて、仕事以外のときは柔らかい態度の人らしい。
……まんま宇都山さんじゃんとか余計なことは言わず、大変だねとかわりに言っておいた。
どうやら勝ち目がないと考えてしまっているらしく、最近はその後輩の人と全く話せていないようだった。
相手は話しかけようとしてくれているみたいだけど、残念ながら姉の方が気持ちよく通常通りに対応できなくて逃げてしまっているらしい。
そんなことをすればますます取られてしまうぞと偉そうに言いたくなった。
「舞菜はそういうことない?」
「ないかな」
「舞菜は興味持たなすぎ!」
「興味を持ったところで変わるわけじゃないから」
ご飯も食べたことだからお風呂に入って部屋に戻ることにする。
いまはそういうことを考えないで過ごしていたかった。
だから通知がきていても無視をして、電気も点けずに寝転がっていた。
「舞菜、友達が来たよ」
「いまいないって言ってー」
「え、ごめん、もう連れてきちゃったから」
反抗期の子どもみたいに無視して寝転がり続けていたら来訪者が扉を開けてきた。
姉はもう部屋に戻ったのかそこにはいない。
「来るならもっと早く来なよ」
「こっそり抜け出すにはこれぐらいじゃないと駄目なのよ」
「こっそり抜け出さない、もうちょっと気をつけてください」
彼女の中ではますます私は逃げる人間ということになっているんだろう。
そういうのもあって、こうして静かに連絡もなしに行くのが一番いいのかもしれない。
「勘違いしないでよ? 私は普通に仲良くしたいと思っているからね?」
「その割には逃げるじゃない」
「だって西尾さんがいるからだよ」
あれはまだ自覚できていないだけなんだ。
仲良くするのは自覚してからでも遅くない。
まあでも、自覚していない現時点であれなんだから自覚したら余計に難しくなることは容易に想像できるけどね。
そうなったらそうなったで上手く対応できればいいけど、……できるかな?
「あなたにとって綾子ってなんなの?」
「クラスメイトかな」
「なんでそんなに気にするの?」
「なんで気にするのって、攻撃されたら誰だって気になるでしょ?」
それかもしくは、ロボットみたいに無感情の人だけだろう。
私はやっぱり他者と比べてメンタルが弱いから些細なことで駄目になってしまうんだ。
その際に守ってくれる人はいないから自分で頑張るしかないわけで。
「綾子は友達として取られたくないとしか言っていなかったわ」
「気づいていないかもしれないし、仮に気づいていたとしても隠しているだけかもしれないよ」
「あの子が隠すと思う? 今日だってあなたにはっきり言ったと教えてくれたのよ?」
いやでも、実際のところなんて結局分からないんだ。
悪口みたいなことを言われて気にするな的なことを言っていた西尾さんだけど、あれだって所詮は強がっていただけかもしれない。
そこでかっとなったところでなにかいい方に変わるわけではないと分かってしまっているから諦めてしまっているだけなのかもしれない。
「そもそも宇都山さんはなにがしたいの? 私のところに来てくれるのは義務感からなの?」
「そんなわけないじゃない、私は同情心から相手のところに行ったことはないわ」
「じゃあどうして?」
大事なことはなにも教えてくれないのか。
そりゃまあそうか、会ってからそう時間も経っていないからね。
寧ろここでぺらぺら喋ってしまう相手だったらこっちが不安になってしまう。
また一緒の空間にいるのに黙りの時間が続くのかと内でため息をついたときのことだった。
「またこれ……?」
ずっと真っ暗なままだったからこれでも彼女の顔がよく見える。
真顔のようにも、真剣なようにも、少し怒っているようにも、少し悲しそうなようにも見えてくるようなそんな顔だった。
「なんでか分からないの」
「分からないってそんなことはないでしょ? 自分のことなんだから自分が一番分かっているはずだよ」
ひとつ分かっているのはこちらを押し倒したところでなにも変わらないということだ。
彼女もそれに気がついたのか横に転んだ。
反対の方を向いてしまったからいまはどんな顔をしているのか分からない。
長い髪が綺麗だ。
今日は月が大きくて明るいからきらきらしていてなんだか触りたくなる感じ。
もちろんそんなことはしないものの、頑張っているんだなーと偉そうに思った。
「そろそろ帰らないと怒られちゃうよ」
「あなたが後ろから抱きしめてくれたらもう帰るわ」
「分かった」
必ずごちゃごちゃ考えた後にどうにでもなれと投げやりになるまでワンセットだ。
そのときは本当にすっきりする。
なんであんな小さなことで悩んでいたんだろうと自分がアホらしくなる。
それから数週間が経過したらまたごちゃごちゃ期に戻っていくわけだ。
「これで満足した?」
「まだよ、まだ名前で呼んでもらっていないわ」
「頼まれてないんだけどなー」
「呼んでくれたら今度こそ帰るわ」
いやでもやっぱりこれだけでやばいじゃん?
自分のベッドだからまだ平静を保てているけど、彼女のベッドでこんなことをしていたらどうなっていたのかは分からない。
ただ、頑固な子だから呼ばない限りは本当にこのまま居続けそうだし……。
「美羽」
「やっぱり帰りたくなくなったわ」
なんだか不倫しているみたいだった。
彼女もまた、それっぽい雰囲気を出してしまっている。
今日のお昼の言葉を信じるなら、大切なのは私と彼女の気持ちだけだけど。
「多分、お花が好きだからだと思うの」
「やばいじゃん、そうしたらお花が好きな人を簡単に気に入るってことでしょ?」
「やっぱり違うわ、なんででしょうね」
そこで考えられても困ってしまう。
こっちに興味があるのならどんどんと振り回してくれるぐらいでよかった。
考え込んでしまわないようにする必要があるんだ。
難しく考えてしまうのは本当のところだからね。
「寝ている綾子を見ているときの顔がよかったのかもしれないわ」
「起きてくれるまで焦るけどね」
「でも、決して諦めたりしなかったでしょう?」
「気づいたらスルーは無理だよ」
内は遅刻してしまうかもしれないという不安に押しつぶされそうだった。
だから起きてくれたときは嬉しかったし、急いであの子と向かっている最中もなんか楽しかったなあと。
それもいまはなくなってしまったから少しだけそれで寂しがっている自分もいた。
「というか、別のクラスなのにまるで見てきたみたいな言い方だね」
「偶然その機会があったのよ」
「はは、見られていたんだ」
表情に出ていただろうから恥ずかしいな。
結局近づいてきたのは六月からだから特に影響は与えなかったことになる……んだよね?
これもまたなにが本当でなにがそうじゃないかが分からないから判断が難しい。
あと、必死にひねり出したそれを喜んで受け取るのもなんだかなあ……という感じで。
「寂しがり屋なところも可愛いわ」
「一喜一憂しちゃうんだよ」
必要ないのに裏まで考えて傷ついたりすることも多い。
だけど意外と明るくいられることも多いから自分のことでもなんでとなるときがある。
あー、これじゃあ偉そうに言っちゃ駄目だ。
自分のことを棚に上げて自由に言う人間にはなりたくないから。
「あーあ、もし西尾さんの中にそういうのがあったらまた怒られちゃうなー」
そうしたら私がびしっとやられるんだからさー。
でも、こんなことをしてしまった後だからそれはもう受け入れるしかない。
「送るから今日はもう帰った方がいいよ」
「そうね」
「それと危ないから夜に来るのは禁止、たまにはアプリでやり取りしようよ」
「……使い方があまり分からないのよ」
「え、じゃあどうやってインストールしたの?」
どうやら詳しいお母さんに教えてもらったみたいだった。
使用する気はなかったけど、使用している子が多かったから友達の数は多いみたい。
すごい話だ、私なんか使用しようとしていても家族ぐらいしか登録者がいないのに。
「美羽ちゃん美羽ちゃん!」
「はい、どうしました?」
「また来てね!」
「はい、ありがとうございます」
母の真似は絶対にできないといま分かった。
同級生とすら仲良くするのに苦労している人間がこんなことできるわけがない。
なんで長女である姉までは引き継がれているのに次女の私にはそれがないんだ……。
ただ、ときどき謎のプラス思考ができるのは母からのそれだなといま気づいた。
「あなたのお母さんは明るくていいわね」
「自慢のお母さんだよ、いつでも楽しそうだから一緒にいる側としてもいい存在だよ」
「羨ましいわ、そこにお姉さんもいるんだから」
「美羽も私の家族になったらどう?」
「ふふ、そうしたら星谷美羽ね」
お、意外と合っているな。
それならこんなことにはなっていなくてよかった。
西尾さんの裏を考えなくて済んだ。
私はただ姉か妹として応援しているだけでよかったんだ。
「ここまででいいわ、あなただって女の子なんだから危ないでしょう?」
「ははは、あなたのせいだけどね」
ごちゃごちゃとした感じにはなってほしくない。
実は西尾さんが好きだった、となるのが一番なんだ。
そうすれば無自覚に敵視されることもなくなるし、あの子だって彼女を取られてしまうのではないかと不安になる必要もなくなる。
「舞菜、あなたの時間を私にちょうだい」
「それって……」
私の理想とはやっぱり変わってきてしまうということか。
理想ってやっぱり叶わないから理想なんだなって。
「今日はこれで解散にしましょ、また明日教室に行くわ」
「あ、うん、それじゃあね」
今回もまた突っ立っていても怪しい人間になるだけだから走って帰った。
食事と入浴を済ませているのもあったからベッドに寝転んで寝ることに集中したのだった。
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